第9話 総師範ジンショウとフェルトの気付き
「ほう、他の世界からこられたと」
用意された朝食を食べ終わった後、シンはこの世界に来たあらましジンショウたちに語った。
「ええ、突然のことだったんで驚きましたけど、たまたま良い人たちに出会えたんで助かりました。それで今はこうして自由に旅しているんです」
その良い人たちが、シンの振る舞いに何度も死を覚悟していたことを本人は知る由もなかった。
「ロバリーハートはファーディナントに侵略戦争を仕掛けておりましたが……その方々が良い人だったと?」
一年以上も戦争が続けば、そのことは大陸中の人が知っていた。
「戦争は終わりましたよ」
「はい、そのことは私どもも聞いております。突然の和睦が結ばれたとのこと。しかも、ファーディナントはロバリーハートに対して何の保証も求めないばかりか、今後の友好的な付き合いを求めたとか」
「平和的に解決して良かったですよね」
「まったくですな。ところで――シン殿は乱魔流という言葉をご存じですかな?」
その言葉にピクっとシンの肩が震える。
ジンショウは最初会った時と全く変わらない笑顔でシンを見ていた。
「乱魔流――ですか」
「私めも見たことはございませんが、両国が戦っていたステラ平原にその乱魔流が確認されたという話でして」
シンは、ジンショウのその瞼に隠された瞳が、自分の動き一つ見逃さないように集中していることを感じていた。
「その乱魔流はすぐに消えたらしいですが……その数日後に不可解な両国の和解――気になりますな。それに、同時期にロバリーハート国内で反乱が起こったとの情報もありますしな。これらを全て繋げて考えるには、何か大きなナニカが欠けていると思いませんか?」
「ナニカ――それが私だと?」
「山で貴方を見た時にそう思いました。違いますか?」
「さあ、どうでしょうね?」
「よろしければ、しばらくここでゆっくりなさってくれても良いですよ?お部屋もご用意いたしますし、アデス内も好きなところをご案内いたしますが」
「私がやりました」
「キナミ様!?」
簡単に自白したシンにフェルトが驚きの声を上げた。
「だって、ここって普通は入れないんでしょ?そういう珍しいところを見たくて旅に出たんだから、こんな美味しい話を逃す手はないって。美味しいといえば食事もつけてくれ――」
「ここは珍しい観光地じゃありません!!」
レギュラリティ教の信徒からすれば、ここは立派な聖地である。
「じゃあ、聖地巡礼的な感じ?」
「じゃあって……そんな軽い感じで聖地を巡礼しないでください……」
「でも、フェルトもいろいろ見てみたくない?」
「……そりゃ……まあ。普通は一生かかっても入ることも出来ませんからね……って、違います!せっかくいろいろバレないようにって考えながら旅に出たのに、一か月も経たない間に自分からバラシてどうするんですか!!」
「ふぁ、ふぁ、ふぁ。どうやら本当に貴方が何かやらかしたようですなあ」
「あ――」
フェルトは勢いでシンの言葉が正しいことを証明していた。
「まあまあ、フェルト殿。何も私たちは貴方がたをどうこうしようというわけではありませんよ」
隣に座っていたイネルが、自分の発言に落ち込んでいたフェルトをフォローする。
「貴方の主人が、どのような人物であるかは、貴方自身がよくご存じでしょう?」
イネルの言葉にフェルトは顔を上げてシンを見る。
親衛隊に囲まれても動じず、ランバートとの一騎打ちでも圧倒した怪物。
常識外れの力と行動でロバリーハートを救った救国の英雄。
ドラゴンすらも一撃で屠った異世界で魔王と呼ばれた男。
「どうにか出来るとお思いですか?」
「……失礼を承知で言わせていただけるのでしたら――この方をどうこう出来る人間が、この世にいるとは私には思えません」
レギュラリティ教の最高戦力が集まるこの場で、普通ならそれは失礼どころではない発言だったが――
「私も、いえ――ここにいる皆が最初からそう感じておりますよ」
イネルの言葉はフェルトが予想していない返答だった。
「フェルト殿、私たちは最初からシン殿がロバリーハートで何らかの方法を用いて争いを治めたと考えておりました。あれだけの魔力を見たのですから、そう考えるのはおかしなことではないでしょう?ですから、この場はそれを確認する為に設けさせてもらったのです。そして――貴方がこの場にこうしておられることが、すでにその証明でもあるのですよ」
「――え?私が?」
フェルトは何故自分がその証明になるのか心当たりがない。
「ああ、そうか――」
シンが何かに気付いたように呟いた。
「それで、この場所は中央に行くにつれて結界が強まっていたのか」
――結界?どこにそんなものが?
フェルトはイネルの言っている意味も、シンの言葉も理解出来ない。
「ふぁ!ふぁ!ふぁ!フェルト殿は結界の存在にすら気付かなかったご様子。真にお見事ですな」
「キナミ様、一体どういうことですか?結界って……」
一人だけ蚊帳の外に置かれてしまったフェルトはキナミへと助けを求める。
「このアデス全体を包んでいる結界はね、個人の魔力を制限させる類にものだね。その制限値より低い魔力の人はその先に進めない的な。で、その制限の強さは中心部へ近づくにつれて強くなってて、俺はフェルトが入れるように結界の強さに合わせてフェルトにかけてた身体強化を強めて調整してたんだけど――」
「ふふふ、結局この部屋の中まで入れましたなあ」
「この円卓の間は師範クラスの魔力でないと入ることが出来ないのですよ」
それまで黙って話を聞いていたジョウモンとタイシンが初めて口を開いた。
「え?え?だってここに案内してくれたのも若い方でしたよ……」
部屋の前までではあったが、今の話が本当ならば、彼も師範クラスに近い人だということになってしまう。
「お二人を案内したのは私の隊の副師範をしておるライアスと申す者です。将来的には間違いなく我々を超えるだろう逸材ですよ」
「確かに、彼の魔力は若いのになかなか洗練されてましたね」
ブリッツの言葉にシンがうんうんと頷いている。
「ですので――本人に気付かれることも無く、このレベルの強化魔法を他人に使った上で、自分自身は生身のままで平然としている。そのような事が出来る人間を、少なくとも私は知りませんよ」
イネルがお手上げという風に両手の平をひらひらと振る。
「キナミ様……」
フェルトはゆっくりとシンの方を向く。
「いろいろ誤魔化そうとしてたのに、最初から意味なかったとは……これは参ったね」
この短い付き合いの間で、そのシンの表情がどういうものなのかフェルトは分かっていた。
「貴方……最初から知ってましたね?いや――そうじゃない、昨日からこうなることを見越して行動してましたね?」
フェルトがアデスの説明をしたその時から――
「だからあんなに過剰な魔物除けとか理由をつけて目立つことをして――」
そうすれば不審に思って高位の者が偵察にくるはずだと――
「自分の存在を交渉材料に最初からここに留まるつもりで――」
普通なら入ることも出来ない珍しい場所に――
「最初から全部分かってやってたなーー!!」
全ては好奇心からの行動だった。
「フェルト君、天才!!」
シンが驚いたような顔でフェルトに親指を立てる。
「うるさーい!!」
こうして二人の仲は益々深まって?いったのだった。
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