第6話 旅立ちの朝

「おはようございます」


 シンが自室で朝食を取っていると、フェルトが燕尾服に荷物の入った大きなリュックを背負って入ってきた。


「おはよう、フェルト」


「フェルトさん、その恰好は?」


 そのアンバランスな恰好にエスティナが怪訝そうに声をかける。


「出立の準備が出来ましたので、そのご報告に参りました」


 何か変ですか?と言わんばかりの表情である。


「本当に付いてくる気なんだ?」


「もちろんです!私はキナミ家の筆頭執事ですから!」


「いや、栄誉貴族の件は一旦保留になってるんだけどね」


 国を出ていく人間がそんな爵位貰うわけにはいかないと辞退したシンだったが、何かの役に立つかもしれないので受け取って欲しいとダミスターが退かなかった結果が保留である。


「それでも私はキナミ様に付いていきますよ。どう考えてもそっちの方が面白そうじゃないです」


「そっちが本音ですね」


 エスティナが小さくため息をつく。


「しかし、その服装で付いていくおつもりですか?とても旅に出かけるようには見えませんが」


「とはいえ、これが執事としても正装ですので」


「時と場合によります。その恰好で一緒にいては、ようやく普通の服装を受け入れてくださったキナミ様ですのに、あなたのせいで目立つことになります。旅の間は一般的な服装が好ましいかと」


「キナミ様はどう思われますか?」


「俺もエスティナさんが正しいと思う」


 ――執事を連れて歩いてる冒険者なんて聞いたことないからね。


「そうですか……」


「旅の間は執事とは言わずに従者として振舞うのがよろしいかと」


「分かりました……着替えてまいります……」


 フェルトは可哀そうなくらい落ち込んだ様子で部屋を出ていった。


「ちょっと可哀そうだけど……」


「いえ、あれくらいでちょうど良いのです。彼は城の中ではしっかりしておりますが、何分外の世界を知らない世間知らずですから。旅どころか、今回この国を出るのも初めてでしょう」


「え?」


 それはシンには初耳だった。


「それで付いてくるとか言ってるけど、本当に大丈夫なの?」


「さあて?行くといったのは本人ですし、同行をお認めになったのはキナミ様ですから」


 エスティナは今日一の笑顔でそう答えた。


 ――知ってたら強く拒否してたわ……。


「さあ、お食事が終わりましたら、キナミ様も出立の準備を致しましょう」


 楽しそうだな、シンはエスティナの笑顔を見てそう思った。



「本当にもう行かれるんですか?!」


 王宮の入り口に集まっているシンたち一同。

 泣きそうな顔でロットがシンへと詰め寄る。


「う、うん。この辺の天候の方は安定したみたいだし――そろそろ、この世界のいろんなところを見て回りたいからね」


 ロットの勢いに後ずさりながらシンが答える。


「ロットスター、シン様が困っておられるから止めなさい」


 ダミスターがやれやれと言った感じでロットを諫める。


「でも父上!私はもっといろいろと教えていただきたいことがございます!そうだ!私もシン様の旅に付いていけば良いのですよ!!そうと決まれば、さあ!出発しましょう!!」


 これは妙案とばかりに言ったロットだったが、その背中には何やら詰まったリュックを背負っている。

 すでに準備万端だったようだ。


殿――」


 そんなロットの襟首を掴んで引き寄せたのは――王宮魔導士のノーラ。

 このひと月ほどは――剣術などはシンが、勉強や礼儀作法などはノーラが教えていた。


「――ヒッ!!」


「シン様がお帰りになるまでは、私がきっちりと王族の在り方についてなど、いろいろとご指導させていただきますので、どうかご安心くださいませ。


 ――ノーラさん……背中からどす黒いオーラが出てるけど……。


「いや、あの、ノーラ……これはだな……」


 額から大量の汗が吹き出しているロット。


 ――暑さのせいだ。そう思おう。


「騎士団の者を使って私をこの場所から遠ざけるような小賢しい策を講じるなど、次期国王としてはどうかと思いますので、明日から――いえ、本日からは更に厳しくご指導させていただきたいと思います。よろしいでしょうか?陛下」


 にこやかな表情でダミスターを見るが、その目は笑っていない。


「そうだな、そいつのことは王子だと思わず、もっとビシビシやってくれ」


「父上!!これ以上厳しくされた死んでしまいます!!」


「大丈夫です。シン様からよく効くポーションをたくさんいただいておりますから」


「――シン様!?」


「頑張れロット君!」


 シンは親指を立ててロットにウインクする。


「シン様の裏切り者―!!」


 ――フフフ、いつから味方だと勘違いしていた?


 一国の王子を連れて気ままな旅とか出来るもんかとシンは思うのだった。



「では、まずはパルブライト帝国に向かうのですな」


「そうですね。皆さんの話を聞いて興味が湧きました」


 パルブライトは、ロバリーハートから歩きなら二か月ほどかかるところにある。


「でしたら、向こうにいるに手紙を出しておきますので、街の案内くらいなら力になれるでしょう」


「息子?たち?」


 リュックを奪われ、未だ襟首を掴まれたまま項垂れている第一王子を見る。


「……私の弟と妹です」


 覇気の無い声でそうつぶやくロット。


「そいつの一つ下の双子の姉弟がパルブライトにある学園に去年から留学しておるのです」


 それはファーディナントへの進軍が決定した後に、二人を安全なところへ避難させるためにとった親心だった。


「へえ、ロット君も通ったの?」


「いえ、私も通いたか――」


「殿下には私が学園で学ぶこと以上の事をみっちりとお教えいたしますので」


「はい……」


 襟首を更に持ち上げられるロット。


「まあ、そういうことですので、パルブライトに着いた際には学園をお尋ねくださればと」


 ロットのことを意に介さない様子で話を続けるダミスター。

 一応、第一王子なのだが……。


「分かりました。是非尋ねさせていただきます。それではそろそろ出発しますね」


「シン様に心配は無用とは存じますが、くれぐれもお気をつけて。それと――フェルトの事をよろしくお願いします」


 フェルトはすでに用意されていた馬車に荷物を運びこもうとしていた。


「フェルト、何をしてるの?」


「何って、出発の準備ですが?」


「馬車使わないよ?」


 シンの言葉に固まるフェイト。


「え?馬車をお使いにならないのですか?」


 それにはダミスターも驚く。


「せっかく用意してくれたんですけど、どうせならゆっくりとこの世界を見て回りたいですからね。ここから歩いて行きます」


「嘘ですよね!?ここからパルブライトまでどれだけの距離があると思っているんですか!?それに荷物もありますし!!」


 フェルトがダッシュでシンの所へ走ってきた。


「大丈夫大丈夫。フェルトには身体強化の魔法をかけてあげるから、そんなに疲れることはないよ。荷物も重いものは空間魔法で収納しておくからね」


「いや、いやいやいや!!疲れないと言っても、時間がかかったら精神的な疲れとか――そ、それに、野宿の可能性も高くなりますし!!」


「野宿とか、旅の醍醐味だよねえ」


「私は野宿とかしたことありませんよ!!」


「フェルトは若いからすぐ慣れるよ。じゃ、皆さん行ってきますね」


 そう言うと、フェルトの腕を掴んで歩き出すシン。


「ちょっと!キナミ様!?もう一回考え直しません?今ならまだ間に合いますから!!」


 全力で踏ん張るフェルトだったが、シンには何の問題も無く引きずられていった。


「キナミ様ー!!誰かー!!」


 そんなフェルトを一同は生暖かい目で見送るのだった。



「いやあ、400年ぶりの新しい世界!!楽しみだねえ!!」

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