第5話 ギルド本部の思惑

「ではこちらがキナミ様のギルドカードになります」


 最初に会った受付嬢――コリィが銀色のプレートをシンへと手渡す。

 そこには『シン』という名前の他に『C』という文字が表示されていた。


 ここはギルドマスターの部屋。

 レオナルドは、コリィがギルドのルールをシンに説明している様子を離れたところでじっと見ている。

 今日も執事のフェルトと一緒だ。


 結局、シンの登録をする為にパルブライト帝国にある冒険者ギルドの本部へと問い合わせ、一週間ほど経って了承の連絡がレオナルドの下に入った。

 シンの登録情報を送って、その内容が虚偽では無いという確認が取れたということなのだろうが、それにしても直接確認に誰かを寄こすことも無く了承されたことにレオナルドは疑念を抱いていた。


 いくら国王が保証人になっているとはいえ、いや――だからこそ余計に疑って然るべきなのではないかとレオナルドは思う。

 それがたった一週間という短期間でシンの登録を認めただけでなく――本名の偽装に、その出自や年齢に関してをトップシークレット扱いとして、ギルドマスターの権限であっても閲覧することが出来ないように保護されたのだ。


 シン以外にも情報が一般職員に閲覧制限されている者は他にもいることはいる。

 貴族や王族関係者、査察等の役目を与えられているギルド本部直属の冒険者等がそうだが、彼らにしてもレオナルドのような国に置かれた支部を統括しているギルドマスター権限であれば、その情報閲覧を阻害されるようなことはなかった。

 故に今回のシンのケースは異例中の異例であるといえる。


 極めつけは、レオナルドとコリィに対して魔法契約によるシンの情報漏洩を禁ずる命令が出ていたことだった。


 これで二人がシンの個人情報を他者へ話すことが出来なくなった。

 話そうとすれば契約の強制力が働き、話すことが出来なくなる。

 文字で伝えようとした場合も同様である。

 つまり、本部の上層部はシンが魔王であると認めたということだ。

 だからこそ魔法契約を自分たちに強いてまで、その情報が漏れないようにしたのだとレオナルドは考える。


 しかし――何故?


 レオラルド自身は魔王などという存在を未だ信じ切れずにいる。

 異世界から来たということも、400歳を超えているということも、国王からの手紙が無ければ、シンの事をいかれた奴だと思って叩き出していたことだろう。

 虚偽を判断する魔道具が壊れていたのではないかと、ずっと疑っていたくらいだ。

 これはそれ程までに信じられないような話である。

 しかし本部はそれを簡単に信じて行動に移したように思える。

 何の確認も取ることなく、自分の報告をそのまま受け入れて。


 ――そんなはずはない。


 レオナルドはその裏を考えれば考える程、何かキナ臭いものを感じて嫌な気分になった。


「ギルドのランクはF~Sランクまでありますが、今回は特例ということで、キナミ様は『C』ランクからのスタートになります」


「特例――ですか?」


「はい。私には理由は分かりませんが、本部からそのように指示が出ておりますので」


「これもダミスターさんの手紙の影響ですかねえ?」


 何せ国王の推薦があったようなものなのだから、その可能性はあるだろうとシンは考えた。


「ああ、そりゃ本部の独断だと思うぜ」


 それまで様子を伺っていたレオナルドが口を挟む。


「キナミ殿は近いうちにこの国を出るんだろ?なら、今からランクを上げてる暇はないわな」


「まあ、そうですね。元々、旅をする上でギルドカードが他国での身分証明に一番便利そうだってだけで、冒険者ランクとかは気にしてませんから」


「確かに、他の国に行くっていうなら、そいつが一番なのは間違いねえよ。下手にこの国の貴族だって言って回るよりはよっぽど安全だぜ」


 特に今はロバリーハートに対して悪感情を持っている者も多いだろう。


「冒険者ランクってのは、そのランクに応じて受けることの出来る依頼の種類が変わるんだ。最低ランクレベルの魔物であっても、その討伐依頼は『E』ランク以上、中堅の冒険者じゃなきゃあ危険と判断されるような魔物討伐依頼は『C』ランク以上ってな具合にな。本来なら『D』ランク以上はギルドへの貢献度を参照にした上で、ランクに相応しい実力が伴っているかの試験を受けなきゃ上がることが出来ねえ」


「それがいきなり『C』ランクですか?」


「俺だってこんなのは聞いたことねえよ。もし、ここの国王が本部に圧力をかけようとしたところで、本部はそんなことを通すような可愛い奴らの集まりでもないし、そんな飾りのランクに何の意味もねえからな」


 それでも最初からシンに『C』ランクを与えたということは――


「じゃあ、本部の人間の中に――」


「そうだ。あんたの事を知っている、もしくは『C』ランク相当以上の実力があることを知っていた人間がいるんだろう。魔王って情報も掴んでいた可能性もあるな。そうじゃなきゃ、こんな馬鹿げた話が一週間程度で通るはずがねえ」


 ――馬鹿げた話……という自覚が無いわけじゃないんだよね……。


「そんなあんたにギルドとして恩を売ったつもりなのか、他に思惑があってのことなのか……これ以上は俺には分からねえ。ただ、あいつらに気を許さないようにと忠告しとくぜ」


「ギルド側の人間の言葉とは思えないですね」


 それまで黙って話を聞いていたフェルトが口を開く。


「同じ組織の人間ではあるが、上層部の奴らは俺から見たら人外の集まりみたいなもんだからよ。仲間って意識はねえのよ」


「ギルマス、あまりそのようなことは言わない方が……」


 コリィが怯えるようにキョロキョロと視線を泳がせている。


「キナミ殿、どうだ?」


 何をとは言わずレオナルドがシンへと尋ねる。


「大丈夫ですよ。最初からこの部屋を誰かが探っている気配も魔力も感じませんから」


「さすがは魔王様だな」


「え?え?」


 コリィは二人が何を話しているのか理解出来ない。


「誰も聞いてないとこで悪口言っても分かりゃしねえだろ?ってことだ」


 そう言われてもコリィはピンとこない。


「もし不安なら、この部屋に結界でも張りましょうか?」


「結界ってあんた……そんな簡単に出来るものじゃないだろ?」


 レオナルドが知っている結界とは上級魔導士でないと扱えない代物である。


「ん?そんな難しくないですよ」


 そう言うとシンを中心に光が広がって部屋全体を包み込んだ。


「これでこの部屋の中の音は外に漏れないし、外から魔法を使って中を伺うようなことも出来ません」


 にこりとコリィに向かって微笑むシン。


 ――ああ、そうか。魔王も人外か……。本部の奴ら、やべえのに手を出したんじゃねえのか?



 人外同士の揉め事に巻き込まれないことを祈るレオナルドだった。




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