第4話 キナミ=シン栄誉貴族爵

 受付嬢は二人に少し待つように言った後に、慌ただしく走り去っていった。

 様子を伺っていた冒険者たちも何事かと顔を寄せてひそひそと話をしている。


「――フェルト……さっきのは何!?」


「国王陛下から預かっていた手紙でございます」


「そっちじゃなくて!!――いや!そっちもだけど!!」


 栄誉爵とか筆頭執事とかのことである。


「この度、キナミ様は国王陛下より栄誉貴族の爵位を叙爵されました。そして私は正式にキナミ様の執事に任命されております。本来ならば家令と言いたいのではありますが、当家は未だ領地も屋敷も持たぬ身ですので、一先ずは筆頭執事ということになります」


 筆頭と言っても、執事も一人ではあるが。


 ――急に呼び方がキナミ様になってるし……。


「聞いてないんだけど……」


「今言いましたが」


「そうじゃなくて……こういうのって、最初に本人に確認とか取るんじゃないかな……。そもそも俺はこの国の、というか――この世界の人間では無いし……」


「私はキナミ様が人間かどうか?という点でも怪しいと思っておりますが」


「なかなか辛辣!!」


「大変お待たせいたしました。キナミ様、フェルト様、ギルドマスターが直接お話させていただきたいと申しておりますので、ご足労ですがお越しいただけますでしょうか?」


 戻ってきた受付嬢の言葉遣いは、先ほどまでより丁寧になっていた。



 建物の階段を三階まで上り、廊下を少し歩いたところにある扉を受付嬢がノックする。


「どうぞ」


 中から野太い男の声が聞こえると、ゆっくりとドアノブを回して扉を開ける。


 部屋に入ると正面の机のところに一人の男が立ってシンたちを見ていた。

 大きな体格にもさっとした髭を蓄え、整えられていないぼさぼさの髪型。


 ――熊がおるなあ。


 暗い所で遭ったらそう思えるかもしれない。


「失礼いたします。こちらがキナミ様とフェルト様でございます」


 受付嬢が体を横にかわして二人を男に紹介する。


 ――ギルドマスターというより、現役バリバリって感じなんだけど。


「キナミ=シンです」


「フェルトと申します」


「どうも初めまして。私がこのジルオール支部のギルドマスターをやらせてもらっているレオナルドと言います」


 レオナルドはゆっくりとシンのところへ歩いてきて握手を求めた。


「レオナルド……熊さん?」


「はい?」


「いえ、こちらの話です」


 完全にこちらの話です。


「まあ、いろいろと伺いたいことがありますので、どうぞお掛けください」


 レオナルドとシンたちはソファのあるテーブル席に向かい合って座る。


 レオナルドとシンたちはソファのあるテーブル席に向かい合って座る。


「まずはこちらの手紙なのですが――」


 王家の印の入った封蝋のところから開けられた封筒が机の上に出される。


「どこから何と言えば良いのか……」


 レオナルドは顎髭を右手で弄りながら迷っている。


「レオナルド殿、そこに書かれていることは真実です」


 当人のシンが知らない内容を、フェルトが当然の様に答える。


「全て真実ねえ……」


 髪をぐしゃぐしゃと搔きながらソファの背もたれに身を預ける。


「えっと、何て書いてます?」


 シンだけが流れに付いていけていない。


「え?キナミ殿は内容をご存じないのか?ですか?」

「普段通りの話し方で良いですよ」


 シンは最初から気になって仕方なかった。


「ふう…そう言ってくれると助かる。こんな喋り方することなんて滅多にないから舌を噛みそうだった」


「それで何と?」


「ああ――この手紙にはキナミ殿がロバリーハート国の『栄誉貴族爵』であるということ、冒険者登録を行うにあたり、ロバリーハート国王陛下がその保証人になるということ、それとキナミ殿が異世界から来た魔王だということ。そして、その全ての情報に対しての箝口令を希望するとのことだ」


「栄誉貴族って何?名誉貴族とかは聞いたことあるんだけど?」


 シンは先ほど聞きそびれていたことをフェルトに聞く。


「栄誉貴族とは――名誉貴族とは異なり、実際に貴族としての権限を持つ爵位とのことです。私も今回初めて聞きました」


「貴族としての権限?」


「はい。国王陛下がおっしゃるには、キナミ様単独としては公爵級の権限とのことですが、それ以上のことが必要な際は言ってくれれば可能な限り力になるとのことです。ぶっちゃけると陛下とそれほど変わらない権限を有していると思われます」


「公爵級……アフリートさんより上ってこと?」


「あの方は侯爵ですので、当然そうなりますね。といいますか――ユーノス大公がいなくなった今、他に公爵様はお二人。キナミ様はその方々より権限を有しておりますので、陛下に次ぐ実質的なこの国のナンバー2ということになりますね」


「あの人、何考えてんだ……」


 するはずの無い頭痛を感じるシン。


「いや、まあ、それもそうなんだが……異世界の魔王ってのは……本当なのか?」


「残念ですが、それも本当なんです……」


 ――フェルト君、何が残念なのか聞かせてもらえるかな?


「つまり、普通に登録しようとするといろいろ問題が起きそうだから、ダミスターさんが熊さんに手紙を書いてくれたってこと?」


「は?」


「どうしましたレオナルドさん」


「ま、まあ、そんな内容の手紙だな。一応冒険者ギルドってのは、大陸中にある独立した組織だから、どこの国家権力も及ばないっていう建前ではあるんだが……」


「建前――ですか?」


「そう簡単にはいかんだろ?許可も無く勝手に支部を作るわけにもいかんし、国からの大口の依頼も少なくないんだからな」


「まあ、そうでしょうね」


「だから、たまにこうやって国から頼まれることを引き受けたりはしているんだが……。それでも今回の件は前例が無いことだわなぁ……。俺が未知の出身地とふざけた年齢で登録を許可したとしても、キナミ殿の情報は本部を含めて各支部にも流れるわけだから、その全てを口止めさせるとなると……やはり本部への報告をしてからになるな」



 ――ふざけた年齢……425歳はふざけてますか?



 ふざけ過ぎてます。

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