第3話 冒険者ギルド
ロバリーハートとファーディナントとの間で正式な調印式が行われて一週間。
王都の街の人々の生活もようやく元の落ち着きを取り戻しつつあった。
国内の物資不足は依然として続いてはいたが、戦争が終結したことによって他国からの人の行き来も増えだしており、国による支援も戦時中よりも拡大したため、国内全体の賑わいも徐々に増している。
そして何より、この一か月の間に降り出した雨による恵が大きかった。
ひび割れていた大地は潤い、枯れたと思っていた農作物は奇跡の様に蘇った。
むしろ、代々農家の者からしても記憶にないような豊作が期待されるまでに回復している。
明るい見通しが立ったことで、まだまだ苦しいながらも、人々の顔に笑顔が戻り出していた。
シンが王都ジルオールの街並みを眺めながら歩いていると、笑いながら横を子供たちが走り抜けていく。
もしかすると失われていたかもしれない笑顔。
シンは心の底から良かったと思えた。
「シン様、ここが冒険者ギルドのジルオール支部になります」
大きめの建物の前で隣を歩いていた執事のフェルトがそう言って歩を止めた。
「結構大きなとこなんだ」
「支部ではありますが、ロバリーハート国内の冒険者ギルドをまとめている所ですから」
フェルトはシンを扉を押し開けると――どうぞ、とシンを手で中へと促した。
中は思っていたよりも開放的な空間が広がっていた。
いくつもの机や椅子の置かれていて、そこには冒険者と思われる者が数名座って談笑している。
天井は建物の二階あたりまでの吹き抜けのフロアになっていて、魔道具と思われる照明がフロア全体を明るく照らしている。
正面にはカウンターがあり、そこに立っている受付嬢と思われる女性が、入ってきたシンたちを不審者をみるような目で見ている。
「カウンターで登録の受付が出来ますので」
フェルトに言われてカウンターへと向かうシン。
「めっちゃ見られてるね。」
受付嬢だけでなく、座っていた冒険者たちも話を止めてまでシンたちを見ていた。
「それは、その、申し上げにくいのですが……シン様の服装が少々目新しいからかと……」
「え?これ?」
今日のシンはブルージーンズに黒のTシャツ、白のジャケットといった出で立ち。
特にジーンズは元の世界の服装を苦労の末に再現したシンの自信作だ。
ちなみに素材はなかなかにヤバい魔獣の素材から出来ている。
「割と地味目だと思うんだけど……夏だし……」
「夏っぽいかどうかはさておき――確かに華美では無いですが、そのような服装をした方を私は少なくとも見たことがございませんので。街中でも注目を集めておられましたよ」
「え?あれはフェルトを見てたんじゃないの?執事然とした服装の子が歩いてるから珍しくて見てたんだと思ってたんだけど」
「いえ、あれはシン様を見ていたと思いますよ」
「失礼ですが、両方だと思います」
二人のやり取りを聞いていた受付嬢が我慢しきれずに声をかける。
長い黒髪の若い女性は、二人に明らかに警戒の目を向けていた。
「私は不思議な恰好をした方が、珍しい執事連れでここにいらしたことに対して警戒しております」
――本人に向かって警戒しているとはっきりと告げる貴女も珍しいけどね。
「えっと、冒険者登録をしたいんですけど」
シンは出来るだけ警戒心を解いてもらえるように笑顔で話しかける。
「登録ですか?お二人ともでしょうか?」
「いえ、登録するのは私だけです。彼はここまで案内してくれただけで、私の執事というわけでは無いですから」
その言葉にフェルトが不服そうにシンを見る。
何か言いたそうなフェルトだったが、背筋を伸ばして丁寧なお辞儀をした。
「――分かりました。では、こちらが登録用紙になります。内容を確認してご記入ください」
受付嬢は一枚の用紙と羽の付いたペンをシンへと渡す。
そこには名前と出身地、年齢やスキル、他には魔法が使えるかの有無などの記入欄がある。
「嘘を記入した場合は登録の際に魔道具で判明しますのでお勧めいたしません」
その言葉に、このペンに使われているインクにも何か仕掛けがあるんだろうとシンは思う。
シンは名前を書いたところでペンを止める。
――出身地?日本?いやダメだろ。
――年齢?400歳ちょっとです。絶対ダメだろ!!
「あの……これって全部記入しないといけませんか?」
シンは恐る恐る受付嬢に尋ねる。
「スキルや魔法などは隠される方も多いですよ」
「いや、出身地とか年齢とか……」
「はい?――あなた、どこかの国で犯罪を犯しているんですか?」
そこを隠そうとするのは犯罪者としてお尋ね者になっているか、高貴な身分の者がそれを偽って登録しようとする時くらいしか彼女は思い当たらない。
「いやいや、犯罪者とかじゃないですよ!――多分」
この世界の法に触れていないという自信はシンにはなかった。
「では、出身を誤魔化す必要はな――」
そういってシンの手元を覗き込んだ彼女は言葉を止めた。
『シン=キナミ』
名前を記入する欄に書かれていた文字。
貴族以上しか持たないはずの家名の書かれた名前。
シンはすっかり忘れていた。
この世界では平民が苗字を持たないということを。
登録の際に名前だけで登録しようと思っていたことを。
「……失礼ですが、キナミ様は貴族の方でございますか?」
「いや!ちが――」
「そうです!!」
「ええ!?」
シンの否定の前にフェルトがそう言い放つ。
「すいません、すっかり忘れておりました。ギルドで登録の際にこれを渡すようにと言付けられておりました」
フェルトは燕尾服の内ポケットから一通の封書を取り出して受付嬢へと渡す。
赤い
「え……これって……」
封書を持つ手も、その声も震えている。
「言付けられたって……まさか!?」
フェルトにそんな支持の出来る者といえば限られている。
「はい、ダミスター=ロバリーハート国王陛下です」
――でしょうねえ。
「申し遅れました――」
事も無げに国王の名を上げたあと、フェルトは姿勢を正して右手を胸の当て――
「
仰々しく名乗った。
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