第2話 停戦協定

 ダミスターたちも信を置いているようなので、一旦はパルブライト帝国を信用することにしたシン。

 では、ファーディナントは何を企んでいるのか?ということになる。

 単独、もしくはいまだ名前の出てきていない他国と手を組んでいる可能性も考えられる。


「シン様、その場にいた私の主観にはなりますが――今回に限っていうならば、それほど危惧するような事は無さそうだと思われます」


 シンの表情から何を考えているか察したアフリート。


「純粋に好意的な感情で無条件に引き下がってくれたということですか?」


 それはいくら何でも甘い考えだろうとシンは思う。

 先の戦争は、誰の目にもロバリーハートに非のあるもので、ファーディナント側としても被害が出ているのだ。

 シンが乱魔流やケルベロスの脅威からファーディナント軍を助けたといっても、それはあの場での一時的な停戦を持ち掛ける為の材料でしかない。その後の正式な停戦に関しては国同士で決めることなので、それ以上のことを力づくで強いるつもりはシンには無かった。


「純粋に――と言うのとは違いますね。当然あちらにも無条件での停戦にメリットが無いとあのようなことは言ってこないでしょう。しかし、そのメリットというのが――我が国に害のあることでは無いように思うのです」


「これは侯爵から会談での様子を聞いた私も同様の意見です」


 ダミスターが後を引き継ぐように話し出す。


「一番はやはりシン様の存在が大きいかと思います」

「え!?俺のですか?」


 突然自分の名前が出てきたことに驚いて一人称が『俺』になっている。


「えっと……あの時助けたから?とかです?でも、それだけで戦後の補償も無しとかありえるんですか?」


 そんなことは普通あり得ないだろうと思う。


「それだけ――とシン様は申しますが、なかなかに派手な立ち回りをしたと聞いておりますよ?」


「……二十匹くらいのオルトロスをケルベロス投げつけた後に微塵みじん切りにして、乱魔流の魔力を全部魔剣に吸収させました」


「十分ですなあ」


 シンの異常さを認識している面々は、その話を聞いても動じる様子はなかったが、直接見たことが無いアフリートだけは少しだけ口元が引きつっていた。


「それが理由ですか?もしかして……怯えられてます?強く出たら何かされるんじゃないかって……」


 もしそうなら、自称平和主義者のシンにはショックなことである。


「まあ、それもあるでしょうな。しかし、それ以上にシン様の力を認めたのではないでしょうか?」


 ――やっぱりあるんだ……。


 シンの心に痛恨の一撃!!


「あの時、シン様は我が国の者として名乗っておられましたから、領土拡大に昔から野心のあるファーディナントとしては、その力を味方に付けたいという想いなのではないかと考えます。ですから、少しでも我らと友好的な立場を作りたいのでしょう」


「それは過去の犠牲に目を瞑っても――というほどのことですか?」


「ええ、それでも十二分な価値があると思います」


 それでは死んだ人たちの家族の気持ちが救われないのではないかとシンは思うが、この結果として両国にこれ以上の犠牲者が出ないことになるのかとも思う。


「それが真実なら、やりきれない想いの人も多くいるでしょうね……」


「ファーディナント国内では、しばらくは王家に対する不満が高まるかと思います。」


 少ししんみりとした雰囲気になる一同。


「シン様がそのようなことにお心を痛める必要はございません!その痛みは私たちやファーディナントの上層部が背負うべきことです!」


 それまで静かに話を聞いていたロットが口を開く。


「ロットスターの言う通りですな。今回の事で私たちは多くの事を学び、考えさせられました。条約が成ったからといって、ファーディナントへの私たちのやった罪が無くなったわけではないのです」


「ファーディナントが裏で糸を引いていたっぽいですから、全部ダミスターさんたちが悪いわけじゃないですよ?」


「それでもです。結果としてその隙を作ったのは私ですし、最終的に決断を下したのも私です。なかば敵対状態にあったファーディナントが、傾きかけていた我が国に謀略を仕掛けてきたことは当然と言えるでしょう。全てはそんな状態を作ってしまった私の不徳の致すところです」


 それは、少し抱え込みすぎじゃないかとシンは思う。


「かと言って、私が思いつめすぎるのも良くないですな。あの世からまた弱気な国王などと罵られそうだ」


 ダミスターの脳裏に、生前の厳しい表情をしたユーノスの顔が浮かぶ。


「まあ、私は今出来ることをしていくしかないですがね。それに――十年先、二十年先の事は考えなくて良さそうなのは助かります」


 そう言うとロットの方に視線を送る。


「あ――はい!後の事は万事私にお任せください!!」


「それだと、今すぐ私が死ぬみたいな感じだぞ……」


「い、いえ!今は私もまだまだ未熟ですので、もう数年はお元気でいていただかないと困ります!!」


 ――ロット君はお父さんのこと、本当は嫌いなのかなあー?


「はあ……」


「殿下……」


「え?え?」


 頭を抱える一同に、不思議そうな表情できょろきょろするロット。


「これは、やはりもう十年は倒れるわけにはいかなさそうですなあ……」


「はっはっはっ!!陛下も殿下も倒れることないように、これからも私が傍について護りますぞ!!」


 ランバートの豪快な笑い声につられるようにロット以外も笑い出した。



 シンはそんなほのぼのした様子に、何だかんだでもう大丈夫そうだなと、自身の旅立ちの時が近いことを感じていた。



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