第1話 パルブライト帝国

 王宮の庭に金属のぶつかり合う音がリズムよく鳴り響いている。


 自身の身長からすれば、若干長いだろう鋼の剣を苦も無く振っているのが、この国の第一王子であるロットスター。

 それを指南するように受けては攻め、時には流しながら相手をしているのはシン。

 ただ、その手にしているのは木剣である。


 反乱が治まって一か月が過ぎていた。

 その間、シンによるロットとの鍛錬は日課となっていた。


 当初、鋼と木がぶつかり合っているのに何故このような金属音がするのかと不思議だったロットだったが、相手がシンなのでそういうものだと思うことにした。


「よし、ここまでにしようか」


 ロットの剣をシンが受け止めたところでその日の鍛錬は終わりを告げる。

 涼しい顔のシンに対して、ロットは常に身体強化を使った状態で動き続けていたこともあって汗だくになっている。


「ハア、ハア、ハア……ありがとう……ございました……」


「はい、おつかれさま」


 大きく肩で息をしているロットにシンが優しく微笑みかける。


 ――パチパチパチ!


 傍で見学していたランバートが拍手をしながら二人の下へと近づいてくる。


「ロットスター様、お見事でした!!まこと、このひと月で見違えましたな!!」


 ロットの成長が嬉しいのか、ランバートは満面の笑みで褒めたたえる。


「いや……まだ…ハア…まだ…ハア……全然だよ…ハア、ハア……」


 そう褒められても、今のロットは疲労でそれどころではない。

 メイドのエルティナから渡されたタオルで汗を拭いている。


「いえいえ――魔力の扱い方など親衛隊の騎士と遜色ないレベルですし、剣筋も日毎に鋭くなっております」


「私的には…ハア…最初の頃…ハア…手ごたえ…ハア…変わっていない…ハア…だが…ハア……」


「ああ、ロット君の成長に合わせてこっちが動きを調整してるからね。それで気付きにくかったのかな?」


「……え?」


 ロットはきょとんとした顔でシンを見る。


「そうですな。今日など外から見ていますと、一流の剣士の立ち合いのように見えましたぞ。このままだと私が追い越される日もそう遠くないかもしれませんなあ!!はっはっはっはっ!!」


「あ、本当にそういう言い回しするんだ……これもテンプレ……?」


「ん?シン様、今何かおっしゃいましたか?」


「いや、独り言なんでお気になさらず……」


 シンがそんなこと考えていると、廊下の方から見慣れた人物が歩いてくるのが見えた。


 一人はロットの父親であり、この国の国王であるダミスター=ロバリーハート。

 もう一人は先のファーディナントとの戦争において総司令官だったアフリート侯爵だった。


「息子の疲労困憊ぶりからして、今日の修練はもう終わりですかな?」


 ダミスターがシンへと声をかける。


「ええ、今終わったところですよ。今日もロット君は頑張りました」


「ははは、この光景もすっかり見慣れてきましたな」


「本当によく続いていると思います。割と厳しめにやってるんですけどね」


 そう言うといたずらっ子のような顔でロットを見る。


「あ、アフリートさんもご無沙汰してます」


 シンはダミスターの横で直立不動で立っていたアフリートに挨拶をする。


「はい、シン様もお変わりないようで」


 とはいえ、たった一か月ぶりであるが、これもお互い社交辞令かとシンは思う。


「シン様には此度の件でのお礼が遅くなってしまい申し訳ありません」


 アフリートは腰を直角になるほどに曲げて頭を下げる。


「いやいや、そんなこと気にしないでください。いろいろと忙しかったでしょうし、そもそもお礼とか必要ないですから」


 侯爵がそんなに簡単に頭を下げるものじゃないとシンは思う。

 が、国王からして似たようなものだったことを思い出して、これがこの国の習慣なのか?と考える。


「侯爵にはファーディナントとの停戦条約を任せておりましたからな。なかなかシン様とお会いする機会も無かったでしょう」


 連日会議で話し合いが行われていたことはシンも知っていた。


「そのアフリートさんがここにいるということは……」


「はい、昨日、ファーディナントとの全ての会談が終了いたしました」


 シンが知りたいのはその内容。

 ファーディナントがどのような条件で停戦を承諾したかということ。


「今回はパルブライト帝国が間に入る形で両国の条約を締結いたしました」


「パルブライト帝国?」


「ああ、シン様はまだご存じありませんでしたか。このバイアル大陸西部では最も大きな国です。ファーディナント北部にございます」


「なるほど……」


 シンはそこで初めて、この大陸がバイアルというのだと知ったのだが、そこは恥ずかしかったので言葉にすることはなかった。


「それで……その内容は聞いても?」


「もちろんでございます。そのことを一番にシン様に知らせようと参った次第です」


 ダミスターとランバートの首の行方は如何に?

 シンのこの一か月の心配事はそれに尽きる。


「両国ともこれより五年間の不可侵条約となりました。もしこれを破って相手の国へ兵を進めた場合は、条約の保証国となったパルブライト帝国が敵に回るというような内容です」


「それで――その条約を結ぶにあたっての条件は?」


 優位な立場のファーディナントが何を求めているのか?首か?土地か?金か?

 そもそも、ユーノス大公とネイサン元子爵家嫡男がファーディナントと裏で繋がっていたことはすでに分かっている。そんな国が何を要求してくるのか。

 その内容次第では、まだまだこの件は面倒なことになるとシンは考えていた。


「特に要求されませんでした」


 そう答えたのはアフリート。


「――え?何も?」


「はい、何も」


 非常識なことをしでかしたシンでも、さすがにそれは信じられない。


「ファーディナントはサンディポーロ辺境伯が会談の席に着いていたのですが、今回の停戦は自分たちにとっても望むところなので、両国の和平が成るのならば喜んで約を結ぶと言っておりました」


「サンディポーロ辺境伯……あの時のお姉さんですか」


 シンはリナン砦であった長い金髪の女性を思い出していた。

 エルザ=フォン=サンディポーロ辺境伯。ファーディナント軍の総指揮を執っていた見目麗みめうるわしい女性。


「それどころか、これを機に両国が友誼ゆうぎを結び、互いに協力していきたいとまで言ってきました」


「何を――企んでるんでしょうかね?」


 あの時サンディポーロ辺境伯から受けた印象は、簡単に気を許してはいけない相手だということ。

 もしかすると、ユーノスたちを操っていたのも彼女ではないかとまでシンは思っていた。

 その彼女が本心でそんなことを言うはずはないと。


「確かに怪しいですが、これには帝国からの代表もかなり面を喰らっていた様子でしたから、両国が裏で繋がって何かしようとしているというわけでも無さそうなのですよ」


「パルブライト帝国というのは信用できる国なんですか?」


 『帝国』という響きが、『越後屋』というのと同じで、シンにすると印象があまり良くなく、シンの怪しいものリストに名を連ねていた。


「今ある西部の国の中では一番古くからある国で、我が国の初代国王もパルブライト皇帝筋の出です。ファーディナントもそうですし、他にもいくつかの王家が遠い親戚筋になります」


「え?親戚同士で戦争してたんですか?」


「ああ、いえ、親戚とは言ってもかなり昔の話ですし、そもそも国同士の繋がりを求める為に王家の者が他国と婚姻関係を結ぶなんてことは普通ですから、遡っていくとほとんどの国と繋がっているんじゃないでしょうか?」


「政略結婚的なやつですか?」


「まあ、そうはっきり言ってしまうと少々心苦しいものがありますが、貴族以上の者からすると普通の事ではありますね」


 話には聞いたことがあったが、シンにとってはなかなかに難しい返事の求められることだった。


「その婚姻関係を抜きにしても、パルブライトは昔から多くの国からも支持を受け続けています。自ら侵略を行うこともなく、他国間の争いが起こると調停に努める正義の国という印象ですね」


「それは……立派な思想をもった国ですね……」


 ちょっと聞いただけでは素直に信じられないというのがシンの感想。


「もともと強大な国力をもった国が、『和を持って国を成す』なんていう立派な思想を打ち立てて、その庇護の下に周囲の国を味方につけていますからね。誰もあそこと喧嘩しようとは思わないでしょう」


「確かに、もめても何の得もなさそうですね。それに、安全なイメージだと周辺諸国との貿易も活発になりそうですし」


「ええ、帝国の領土は昔から変わりませんが、国自体はどんどんと豊かになっているようです。もちろん、その取引相手の国の受ける恩恵も大きいでしょうね」


 それならば戦うことなく成立するのか?

 シンは実際に自分の目で見てみたいと思った。


「そういう国ですから、今回の事に裏で関わっているというようなことは無いと思いますよ。帝国には何のメリットも無さそうですし」


 どうやら信用出来そうな気がしてきたシンは、心の中の怪しいものリストから『帝国』の文字を消した。


 そうして、これから『越後屋』の孤独が始まる。



 いつかこの世界で越後屋のイメージを払拭出来る日が来ることを願うシンだった。


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