第46話 根深き遺恨の念

「想像以上に切れ者だな。どうだ?私に仕えぬか?考えてみれば、お前が愚王をそそのかしたお陰で、この国の粛清が容易くなったのだ。忠誠を誓うというのなら、その功を高く評価してやっても良いぞ?」


 それがどこまでユーノスの本心なのかは分からない。


「せっかくですけど、お断りしますよ。今はちょっと――虫の居所が悪いんで」


「……シン様?」


 ロットは初めて聞く低いトーンのシンの声に戸惑う。


「どうしてだ?お前もダミスターたちをたぶらかして何か企んでおったのだろう?この期に及んで、何故ロットスターなどと一緒にいるのだ?すでに私の勝ちは決まっているのだぞ?――今更何を企むか」


 それまでの上機嫌は鳴りを潜め、鋭い目つきでシンを睨む。


「大叔父様!シン様はペテン師などではございません!」


 そこで初めてロットがシンの前に出る。


「黙れロットスター。お前には興味が無い」


 ユーノスはシンから視線を外すこなく言う。


「いいえ黙りません!!シン様は大叔父様がおっしゃるような方ではございません!シン様はその空よりも広い寛大な心と海よりも深い慈悲の心を持って我々を救ってくださったのです!そして長く続いていたファーディナントとの争いを治めるために、その身を戦火の中に投じることを躊躇とまどうことなく――」


「――ちょっと待とうかロット君」


 ロットがシンの声に振り向くと、そこには顔を押さえてうずくまっている魔王がいた。


「どうしました!?」

「いや、ちょっと、罪悪感という名のビッグウェーブがね……」


 誑かしてなどいないが、ダミスターが戦場へ向かった原因はシンだ。と言えなくもない。

 この国を救おうとしたのも、自分の為の打算だろ。と言われたら否定できない。

 戦場に向かったのもそれを誤魔化す為の帳尻合わせじゃん。は間違っていない。


 ロットが言うような崇高な考えはどこにも無かった。


「そこまでの信用を得るとはな……。まぁ、そうでなければ、王を動かして死地に向かわせることなど出来ぬか。だからと言って、この状況をどうにか出来るとは思えんがな。それとも、この場で私を騙しきれるとでも言うのか?」


「いいや、あんたを騙すつもりなんて無いよ」


「そうです!私たちはあなたを断罪に来たのです!」


「え!?……あいつ捕まえて終わりで良くない?」


「良くないです!そういうものなのです!」


「物語読みすぎ……」


 シンはそんな劇的な展開を望んでいるわけではなかった。


「私を捕まえる?ほお、大きく出たな。ロットスターを連れ出したことといい、この場に来れたことといい、お前が多少の魔法を使えるのは分かるが、これだけの兵を相手に私を捕らえることが出来ると?しかも、そんなガキを護りながら」


 ユーノスは若干不機嫌そうに言う。


「陛下、私めもよろしいですかな?」


 小太りの男が口をはさむ。


「――構わん」


 きょうをそがれたという風に玉座に身を預けるユーノス。


「ロットスター王子、お初にお目にかかります。私、マグネル子爵家当主のネイサンと申します」


 ネイサンと名乗った男は慇懃いんぎんに礼を取る。


「マグネル……子爵家?」


 ロットはその名に心当たりが無い様子。


「王子が存じ上げないのも致し方ないかと思われます。当家は今より三十年ほど前、前国王陛下の時代に取り潰されておりますので」


 深く頭を下げたまま、顔を少し上げてロットを睨みつけるように見る。


「――その取り潰された家の当主が何故こんなところにいるのだ?そもそも、そなたは貴族ではないのであろう。それが貴族を名乗り、当主だとはどういうつもりか?」


 ロットの声のトーンも低くなる。


「このような状況でも、さすがは王家の人間といったところですかな?幼いながらもなかなかの威厳を備えられているようで」


 そこには敬うような感じはなく、むしろ蔑んでいるように聞こえた。

 ロットの目つきが鋭くなる。


「当時、当家の寄り親であった侯爵様は革新派の筆頭でございました。この国の発展の為に、他国を攻め――領土を拡大することこそが大事だと常日頃から唱えてらっしゃいました」


 革新派という言葉にロットはユーノスを見るが、つまらなさそうに肘置きに置いた手に顎の乗せていた。

 今回の戦争を勧めた開戦派の中身は、目の前のユーノスが先導する革新派で構成されていた。


「ところが、侯爵様は謀反の罪を先代国王によって着せられて処刑されました。当然お家は取り潰し。父が当主だった当家も連座制により取り潰され、貴族の地位を失い――国外へと追放されたのです」


「謀反を起こそうとしたのだ。そうなるのは当然のことだろう?」


 貴族の務めを果たさぬならば、その地位を剥奪されて然るべきだとロットは思っている。


「王子、あなたは私たちが国を追われた後、どれだけ苦しい思いで生きてきたのかなど想像もつかないでしょうね?木の根をかじり、泥水をすすりながらようやく辿り着いた国でも、追放された元貴族など受け入れてくれるところなどあるはずもございません。父は心労で早くに亡くなり、母も後を追うように病で死にました。付いてきていた家臣たちも、気が付けば誰もいなくなり、私一人で当てもなくその日を生きる為だけに彷徨う日々が続いたのです」


「その割にはぶくぶくと健康そうな身体をしているように見えるがな」


 ロットの言葉にネイサンの目が怒りで見開く。


「――まあ、直にこの手で憎き王家のあなた方を殺すことが出来るのです。今は我慢して差し上げましょう。先代国王がすでに死んでいたのは残念ですがね」


「それで、その逆恨みの為に、貴様が大叔父様をそそのかしているのか?」


「おい!私はこのような小物に踊らされるような愚か者ではない!!」


 話はちゃんと聞いていたらしいユーノスが怒鳴る。

 小物と言われたネイサンは更に怒りの表情を強める。


「私はこの人生の全てを、あなた方ロバリーハート王家への復讐に捧げてきたのです!そしてようやく念願を果たす時が訪れたのですよ!今日という日は何と素晴らしい日なのでしょうか!!」


 怒りと歓喜の入り混じった表情に、ロットは狂気すら感じて全身に鳥肌が立つのを感じた。

 しかし――



 ――どんどんめんどくさい話になっていくな……。


 そんな深刻な話も、今のシンには面倒なことでしかなかった。

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