第42話 苦い経験
「な、何をしておる!お、お前たち!はや、はや、早くこいつを殺せー!!」
腰の痛みなど関係なく、恐怖で腰が抜けてしまって動けないラーゲ。
目の前で騎士がぶっ飛ばされてしまい、自分を護るものが無くなったことに焦りまくる。
「駄目です!今度は全く馬が動こうとしません!!」
騎士が手綱をいくら引いたところで、それに従う素振りを見せない数千の馬たち。
「馬鹿か!!それなら馬から降りろ!!降りてこいつを殺せー!!」
全くだ。
ラーゲの言葉に慌てて馬を降りようとする騎士たち。
しかし、鐙から足を下ろそうとした時――全身が硬直して動けなくなる。
全ての騎士と兵士が似たような恰好で固まる景色は、滑稽以外の何物でもなかった。
シンはラーゲの横を抜け、動かない騎馬の間をゆっくりと歩いて行く。
今の今まで喚き散らしていたラーゲも、滑稽な体勢の騎士たちも、誰一人としてそんなシンに視線を向けるでも口を開くでもなく、ただ――全身を小刻みに震わせているだけだった。
「ダミスター王、無事ですか?」
誰に邪魔されることなく目的の馬車に辿り着いたシンは、扉を開けて中に声をかける。
「シン様……来てくださったのですね」
悲しそうな表情に見えるのは、シンへの申し訳のなさからだろう。
「貴方を護るという約束をして同行してきたんですからね。それでも、こうなってしまったのは私の落ち度です……すいません」
今回はたまたま無事だったが、もしあの場で戦闘になっていたらと思うとゾッとするシン。
「これは――どうなっているのでしょう?」
馬車から降りたダミスターは、その異様な景色に戸惑う。
馬から降りようとしているのか、乗ろうとしているのか分からないが、そんな中途半端な体勢で固まっている兵士たち。
その全身はガクガクと震え、顔からは滝のような汗が流れている。
だが、焦点の定まらないその表情にダミスターは覚えがあった。
「こいつら限定で威圧をかけてるだけですよ。馬は最初に支配下に置いてあります」
シンは事も無げに言う。
先日の自分たちと同じだとダミスターは思った。
再びラーゲのところに戻る二人。
「さて、こいつらはどうしますか?」
そう言ってラーゲを睨みつけるシン。
目から涙を、口からは涎をたれ流し、ガタガタと震えているラーゲ。
「こ奴と話をさせていただくことは出来ますか?」
ダミスターもラーゲを睨みつけながら言う。
「――分かりました」
シンがそう言うと、兵士たちを襲っていた威圧感が消える。
急に解放されたことで馬から転げ落ちる兵士たち。
「ラーゲよ――」
威厳の
「貴様の此度の愚行、決して許されることではない。首謀者たる叔父上共々、厳罰が下ると心得よ!それと、お主の知っていることを全て話してもらうぞ」
未だ身体の震えが止まらないラーゲに向けて、更に一歩近づく。
「ヒイィ!!――来るな!寄るな!近づくなー!!何だ!何者だそいつは!!」
立ち上がることも出来ずに、後ろ向きでズリズリと下がっていくラーゲ。
周りの騎士たちも王を前にしてしまうと、ラーゲの明確な命令が無いと動くことが出来ない。
「この方のことは、貴様如きが知る必要の無いことだ。叔父上は何を考えてこの時期に反乱などという暴挙に出たのか?成功したとて、国の寿命を縮めるだけだと分かっておろう?」
それはダミスターには理解し難い事だった。
「だ、誰が言うものか!!お前たち!早くこ奴らを殺せー!!」
相手はたった二人。
得体の知れない相手であっても、一軍を率いてきた自分が負けるはずが無いのだ。
ラーゲは再び命令を出した。
自分たちが反乱を起こそうとしている主に従っているということを、騎士も兵士たちも皆理解している。
それが国を救うことになるのだと言われ、同国の民に剣を向けることを選んだのだ。
だから――ここで退くわけにはいかない。
それが例え国の盟主たる国王であったとしても、愛する祖国が滅んでいくのを、手をこまねいて見ているわけにはいかないのだ。
王に刃を向ける覚悟を決めて、自らの信念を貫き通さんと一歩を踏み出した。
途端――
ゴオオオオォォォ!!!
突如としてシンとダミスターの背後に吹き上がる虹色に輝く巨大な魔力の竜巻。
天空を突き抜けんばかりの勢いでうねり上がる様は、神々しいまでに荘厳な雰囲気を感じさせた。
「これが乱魔流とかってやつですよ」
シンは呆然としているダミスターに説明する。
「ああ、私が作ったやつなんで、魔物は出てこないんで安心してください」
ダミスターは耳に入ってくるシンの言葉に頭の理解が追い付かない。
「これで、魔導具でどこかに連絡しようとしても出来ませんから」
――それだけの為に……このようなものを……。
ダミスターはシンへの認識がまだまだ足りていなかったようだと思い知った。
「兵士の皆さんの中で、降伏する意思がある人は今すぐ武器を捨ててくださいね。そうじゃなく、まだこの馬鹿に従うって奴は――遠慮なくぶっ飛ばす!」
言葉と共に放たれた殺気に、次々と武器を手放す兵士たち。
――人が覚悟や信念を貫くには限界がある。無駄に命を散らす必要は無い。
ダミスターはその光景に先日の自分たちを重ねていた。
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