第41話 苛立つ魔王様

 激しく揺れる馬車の中でダミスターは静かに考えていた。

 王都にいる家族と民たちのこと、反乱を起こしたラーゲのこと、戦場の兵士たちのこと、そしてこれからのこと。

 自分の置かれている状況は最悪だったが、その頭の中は国や他者のことばかりだった。


 ――ヒヒヒィィィン!!


 けたたましい馬のいななきがあちこちから聞こえ、馬車は一際激しく揺れて停止する。


「何だ!!何事だ!!」


 表にいる騎士の怒声が聞こえる。

 治まらない嘶きと、それを鎮めようとする声がダミスターの耳に届く。


 窓を閉ざされた馬車の中にいるダミスターには外の様子を伺うことが出来ない。


 しかし、ダミスターにはその騒動が何なのか分かっていた。


 そして、座席の背もたれに身体を預けて安堵の息を吐いた。



「くそっ!お、落ち着け!!おい!!」


 何かに怯えるように立ち上がり、暴れる馬上で何とかなだめようと奮闘する騎士。

 しかし、馬は騎士たちの言うことを全く聞く様子がない。


「ガアッ!!」

「閣下!!」


 ついには耐えきれなくなったラーゲが落馬して、したたかに腰を痛打した。


「ご無事でございますか!!」


 慌てて近くの騎士が馬から飛び降りてラーゲの下へと向かう。

 ラーゲ達の乗っていた馬は――これを好機とばかりに、他の騎馬の合間を抜けて走り去った。


「無事なものか!!これは何事だ!!」


 腰を押さえて立ち上がれないラーゲ。


 数千の騎馬が一斉に制御を失ったことで、周囲は混乱の真っただ中。

 何事かと聞かれても、そこに気を回せる余裕のある者などいなかった。


「閣下、一旦この場を離れねば危険でございます!」


 いつ暴れる馬に蹴り殺されるか分からない状況に、騎士は周囲を警戒しながらラーゲを非難させようとする。

 周囲の騎士たちも懸命にラーゲの通る道を空けようと馬上で奮闘している。


 二人の騎士に抱えられるようにして、何とか馬群を抜けることに成功したラーゲだったが、振り返って改めて見る景色に頭を抱えた。


 進軍は完全に止まった。


 王都に到着する予定も狂うことになるだろう。

 ここまで順調だった計画に初めて生じた僅かな狂い。

 急いで修正しなくてはならない。

 ラーゲはユーノスの顔を思い浮かべて身震いする。


「そうだ!陛下はどうした!!」


 そこでようやくダミスターの事を思い出す。

 この騒ぎに乗じて逃げられるという事態だけは避けなければならない。


 ラーゲの言葉に、はっとした表情で馬群の中を見回す二人の騎士。


「大丈夫でございます!陛下の乗られている馬車は騎馬に取り囲まれたままです。あの場より一人で抜け出すことはできませぬ」


 落ち着きなく暴れる馬たちの中にダミスターの乗る馬車を見つけて――そう伝える。


「それに王都には陛下のご家族がおられます。見棄てて逃げ出すとは思えません」


 だからこそ大人しく捕まったのではないかと騎士は思う。


「そんなことは分からぬわ!いつ心変わりして戦う道を選ぶやもしれん!大公閣下がおっしゃるには――ファーディナントへ攻め込んでいる王国軍は魔物によって壊滅状態だというが、王が生きていれば協力する貴族が出てこんとも限らん!何としても、民衆の前で断罪の後に処刑せねばならんのだ!!」


 騒音の中だからと油断したのか、ラーゲの口は軽かった。


 すると、突然全ての馬たちが大人しくなった。

 馬上の指示に素直に従ってその場に止まっている。


「何だ……急に大人しくなりおった……」


「分かりません……今までのは何だったんでしょうか?」


 大人しくなるのを望んではいたが、急にこうなると逆に不気味だとラーゲは思う。


「ああ、お前がラーゲ辺境伯か」


 ラーゲは突然背後から聞こえてきた声に驚いて振り向く。


 そこに居たのは、貴族の礼装だとしたら簡素すぎるデザインの奇妙な服装をした若い男――シンだった。


 二人の騎士が反射的にラーゲの前に立つ。


「誰だお前は!!」


 ラーゲの声に、他の兵士たちも男の存在に気付き、次々と剣を抜き始める。


「本当にそんなベタな台詞せりふ言うんだな。笑える」


 全く面白くなさそうな顔でそう言った。


 不遜ふそんな態度のシンに対して、ラーゲは言いようのない不安を覚える。


「そいつを捕らえろ!――いや、殺せ!!今すぐ殺せ!!」


 この男が何かする前に息の根を止めないと不味いと本能的に感じたラーゲが兵士たちに命令を出す。


「ハッ!!」


 二人の騎士が剣を構えて同時にシンへと斬りかかる。


 シンは一歩前へ進み、振り下ろされてくる二本の剣をそれぞれの手で掴んで受け止めた。


「え?」


 籠手こても何も着けていない素手で真剣を受け止められた騎士は、その瞬間何が起きたか理解出来なかった。


「お前たちも、自分が何に加担しているか分かってやってたんだよな?」


 二人の騎士を見るシンは、ゾッとするほどの冷たい目をしていた。


「ひっ!!」


 シンから感じた殺気にも似た気配に咄嗟に剣を握る手を放す。


 そして後ろに下がろうとした時には、騎士のそれぞれの右と左の手首はシンに掴まれていた。


「じゃあ、同罪だ」


 シンが冷たく言い放ったと同時に、人とは思えない握力で手首の骨が鉄の籠手の上から砕かれる。


「ガッ――」


 激痛に悲鳴を上げようとした瞬間――腹部に強烈なシンの拳を受けて、二人の騎士は声を上げることも出来ないまま、シンの左右に弾け飛んでいった。


 何の抵抗も出来ないままに数十メートルもの宙を舞った二人の騎士は、ぴくりとも動くことが無く――この場所からは生きているのか死んでいるのかも判断出来ない。


「面倒だし、人間を殴るのは嫌だけど――こうやった方が、お前たちには分かりやすいんだろ?」


ラーゲはその淡々とした台詞に、今までに感じたことの無い恐怖を感じていた。

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