第40話 魔王様の後悔

 ロバリーハート軍の手伝いのついでにファーディナント軍の応援をして、それをダミスターとランバートの命の代わりに停戦への交渉材料に出来ないかと考えたシンは、ダミスターたちより先に一人戦場へと向かった。


 そして、それは予想よりも上手くいったと言えるだろう。


 シンが到着した時点でロバリーハート軍の被害は相当なものだったが、戦いの最中だったファーディナント軍の死傷者はそれを一気に上回らん勢いで増えていた。

 それを見たシンは、もっと早くくれば良かったと後悔したが、結果としてその被害の大きさが後の交渉を順調に進めることが出来た要因でもあった。


 窮地を迎えていたファーディナント軍を救ったことで、余計にシンの力を見せつけた格好となったからだ。

 計算高いエルザの存在も大きかっただろうが、もしも他の者が指揮官だったとしても、ケルベロスを一蹴したシンと事を構えようとは思わなかっただろう。


 凄惨な戦場を見たことで、両国の会談の後も複雑な想いを抱えたままのシンだったが、これ以上の死者を出さずに済ませられたのだからと、自分自身を無理やり納得させようとした。


 それなのに――


 反乱軍による王都占拠と――ダミスターの拉致。

 その報告を聞いたシンは、反射的にアフリートの天幕を飛び出していた。


 ――クソッ!クソッ!クソッ!!


 それは反乱軍への怒り。

 スズカ辺境伯への怒り。

 何より、自分への怒りだった。


 ――こんなことになるなら、最初から自分一人で向かえば良かったんだ!!


 頭の中に浮かぶのは、王都に残っているロット王子、シリウス宰相、執事のフェルト、メイドのエルティナ、魔導士のノーラ――


 出会って間もない彼らだったが、シンがこの世界で知る数少ない知人。


 ――中途半端に関わって後悔するとかダサすぎる!!


 ダミスター王、アフリート将軍、親衛隊の面々。

 護る為に同行しておいて、護れずに攫われてしまった。


 シンは激しい自己嫌悪と戦いながら、全速力でダミスターたちが向かってきていたはずの方向へと飛んでいた。

 ダミスターがさらわれたのだとしたら、ランバートや他の兵士たちはどうなったのか?

 シンの不安は益々膨れていった。



 高速で空中を飛び続けるシン。

 その感知範囲にランバートの魔力を捉えるまでに多くの時間を要することはなかった。


 ランバートだけでなく、他の兵士たちも無事のようだと分かると、シンの心は少しだけ落ち着きを取り戻した。


 そしてすぐに彼らを見つけると、ランバートの下へと一直線に降りていった。



「シン様!!」


 ランバートの方も、急速に近づいてきていたシンの気配を感じていたため、それほど驚くこともなく迎え入れる。

 しかし、その表情はシンが最後に見た時よりも遥かに疲労しているように見える。


「ダミスター王は!?」


 何か言おうとしたランバートよりも先にシンが口を開く。


「……スズカ辺境伯であるラーゲによって連れ去られました」


 何とか絞り出したような震える声。


 シンと出会った時ですら――古龍が現れた時ですら、その命を賭して王を護ろうとしたランバート。しかし、今回はそれすら許されず――あろうことか目の前で主君を連れ去られるという失態を犯すこととなった。

 その無念は如何程のものだろうかと――シンはランバートの胸中を思って心が痛くなる。


「ここにラーゲとかいう奴が直接来たってことは、王都で反乱を起こしたのは誰?ダミスターさんはそいつのとこに連れていかれたの?」


 そんなランバートに話させるのは酷だとは思うが、今は我慢してもらうしかないと思った。


 ランバートは自分が知っていること――ユーノス大公による反乱、ロット王子をはじめとする王族が人質となっていること、おそらくはダミスター王が王都へと連れていかれたこと、そのことに自分が如何いかに無力だったかを言葉を詰まらせながら語った。


「王都に残っていたシリウスさんや、兵士の人たちは?」


 王都にはシリウスが残っている。

 シンがシリウスから感じている力からすれば、こんな短期間で王都が落とされるとは考えにくかった。


『どうか陛下を護ってはいただけないでしょうか。何卒!何卒!宜しくお願い致します!』

 シリウスの言葉が蘇る

 約束はまだ果たされていない。


「逃げ延びた貴族から入った報告によりますと――」


 それはダミスターが連れ去られた後に、王宮から逃げ出した貴族によってもたらされていた情報。

 ランバートの表情が更に曇る。


「シリウス宰相と多くの兵が討ち死に――残った者は捕らえられたようです……」


 ――シリウスさんが死んだ?


 それはシンにとって信じられないような話だった。


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