第36話 リナン会談

 一様に緊張した表情の面々が集っているのはリナン砦にある一室。


 ファーディナントから、エルザ・レイモンド・スフラ。


 ロバリーハートから、アフリート・シムザム・シンといった顔ぶれが、机を挟む格好で顔を合わせていた。


 シンは慣れない状況に緊張しているのだが、他の五人はシンの存在への警戒から緊張が大きかった。


「まずは、今回の件についてですが――」


 最初に口を開いたのはエルザ。


「シン殿には我らの窮地を救っていただいただけでなく、負傷者についても助けていただいたこと、ファーディナントを代表してお礼を言わせていただきます。ありがとうございました」


 そう言うとエルザは深く頭を下げた。


 あの後、シンは広範囲の回復魔法で戦場にいたファーディナント軍の兵士の傷を癒していた。


 それは瀕死だった者すらも完全回復させる、エルザたちにしてみれば神の御業とも言えるようなものだったのだが、その後――シンがロバリーハートの関係者と分かると、ケルベロス・乱魔流の件も含めて、その力に強い警戒心を抱かせる結果となってしまった。


 ちなみに、ロバリーハートの負傷者たちも、戦場に向かう前に同じように回復させていたため、アフリートたちにしてみても、王の代行者とはいえど警戒心を抱くのに十分なものを見せつけられていた。


「いえ、もう少し早く来ていれば、犠牲者の数も少なく済んでいたかと思いますので、その点は申し訳ないと思っています」


「いえ、決してそのようなことは――」


「そうだ、あんたが来てなかったら、俺らは全員死んでただろうからな。生き残った俺らはあんたに感謝しかねえよ」


 スフラがその場にそぐわない砕けた口調で言う。


「スフラ伯爵、そのような話し方は失礼ですよ」


 エルザがそれを咎めるが――


「俺が堅苦しい喋り方が出来ないのは閣下もご存じでしょう?」


 そう言って、スフラは一向に意に介さない。


「全然構いませんよ。私もその方が気が楽ですから」


 むしろ、全員そうしてほしいとシンは思う。


「シン殿がそう仰るのでしたら……」


 エルザはそれでも横目でスフラを睨んでいた。


「それと、アフリート侯爵。シン殿にお聞きしましたが、自ら先陣を切って、我らの救援に向かおうとしていたとのこと。それは本当でしょうか?」


 スイッチが切り替わったかのように、その抑揚の無い口ぶりからは一切の感情を推し量ることが出来ない。


 急に話を振られたアフリートは何と答えたものかと内心で焦る。


 そもそも、ケルベロス討伐から戻ってきたシンに、説明もなく半ば強制的にこの場に連れてこられたアフリートは、ぎりぎりのところでシムザムを同行させるのが精一杯だった。


 乱魔流というトラブルがあったとはいえ、ロバリーハートとファーディナントは依然として交戦中であるのだ。

 しかも相手は知略縦横と噂に名高いエルザ=フォン=サンディポーロ辺境伯。 ここで迂闊な発言は出来ない。


「それについては本当の事だ。ただ、一つ訂正させてもらうなら――救援というのではなく、貴国と共同して凶事にあたる方が、我らも我が国も助かる可能性が高いと判断したからだ」


 敵に馴れ合いの態度と見せるわけにはいかない。


「なるほど――あくまでもご自身の都合で動こうとしたと?」


 エルザの口調はあくまでも冷たい。


「そうだ、イレギュラーは発生したが、あくまでも我らは敵同士。未だ戦の途中である」


 アフリートの言葉に場の空気が張り詰める。


 ピリピリとした雰囲気の中、沈黙を破ったのは――


「じゃあ、戦争終わりにしましょう」


 シンの予想外の言葉だった。


 一同がその意味を理解しかねていると――


「ダミスター王もその考えみたいですし、この戦争はこれで終わり。解散ってことにしませんか?」


 更に追い打ちをかけた。


「シン殿!それは一体どういったことですか!?」


 この場で一番その発言に驚いたのは、当然ながらアフリート。

 総大将として軍を率いていた自分にも聞かされていなかった言葉に、大きな声を上げる。


「いや、ですから――王様も戦争止めるつもりなんですよ。その連絡しようとしたら何故か繋がらなくて、それで調べてたらこんなことになってたっていうね」


 シンは国の大事を事も無げに言った。


「それにしても、そのような大事なことをこのような場で突然言われましても!」


 アフリートにしてみれば寝耳に水の話である。

 もしそうなのだとしても、何も交渉に対して準備もしていない。


「どうせなら、お互いの責任者がいる場所で言った方が、話が早いかと思いまして」


 そんな簡単な話では無いのだが、国同士の腹の探り合いのような交渉術は、長い異世界での生活を過ごしてきたシンには備わっていなかった。


「ふっ!ふは!あはははっ!!」


 シンの言葉に対してか、アフリートの慌てように対してか、もしくは両方なのか――スフラが声を抑えることなく笑い出した。


 そんな笑い声すら気にならないほどに慌てるアフリートだったが、それは同席したシムザムだけでなく、エルザたちファーディナント側も同様だった。


 シンが兵士たちを奇跡のような力で治してしまったのを見たエルザは、最大限の注意を払って接近を試みた。可能ならば、その力を自陣に取り込めないかと。


 身分を示し、礼をしたいからとシンを誘ったのだが、そこでシンからロバリーハートの関係者だと聞かされる。そして、王都からここに至る経緯と、「アフリート侯爵と会談の場を作って欲しい。出来れば今すぐに」と言われ、あの力を見た後では断ることが出来ないままにこの席に着いていた。


 ロバリーハートの現状は把握している。会談の内容はこの戦いの講和についてなのだろうとは考えていたが――まさか、責任者が知らないとは思わなかった。


 エルザはシンの方をちらりと見る。


 シンは発言を悪びれることもなく、不思議そうな顔で慌てているアフリートとシムザムを見ていた。


 はぁ――と、何かを諦めたように息を吐いた。

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