第34話 絶望のエルザ
「冗談でしょう……」
ケルベロスの前に展開される巨大な魔法陣を見てエルザは驚愕する。
その規模は戦略級の魔法陣に匹敵するほどの大きさだった。
魔法陣に乱魔流から流れ込む魔力がチャージされていくのが肉眼でも確認できる。
そして、一際強い光を放ったかと思うと、巨大な光線が空間を貫き、砦の前を抜け、遥か彼方の森に着弾したそれは、轟音と凄まじい振動を伴って天を突く巨大な光の柱を打ち立てた。
今いる魔導士全員で全力をもってしても防ぎきることなど到底敵わない圧倒的な威力。
エルザがそれを本能的に理解するのに十分な一撃だった。
今の時点であれを防ぐ手立ては何もない。いや、今でなくとも考えつかない。
神や勇者、それこそ魔王でなければ対抗することなど出来ないだろうと、現実主義者であるエルザでさえも、物語の登場人物を思い浮かべるほどの絶望的な力の差。
オルトロスと戦っていた兵士たちもそれどころでは無くなり、武器を捨てて悲鳴を上げながら、
あっという間に統率の取れなくなった戦場は、再び暴れ出したオルトロスに襲われて命を落とす者、殺到する味方に倒れされて圧死する者、すでに深手を負っていて逃げられないと自刃する者など、ファーディナント軍は総崩れとなっていた。
「閣下!直ちにお逃げください!!」
副官のレイモンドは呆然としていたエルザの肩を強く揺さぶって意識を呼び戻す。
「あれから逃げられると?」
どこか虚ろな目をしたエルザは諦めたように呟く。
「それは――それでも、ここにいるよりはマシでございます!!」
「あれは……何なのですかねぇ……地獄の使者…人類を裁くために神が遣わした天罰…それとも私たちが理解し得ない何らかの存在……」
「陛下!!しっかりしてください!!お気を確かに!!」
「レイモンド、私はね……これまで常に万全を期して物事にあたってきたのよ……いつも戦う前に勝っている準備を整えてね……」
「存じております!!閣下は我々常人には計り知れない才覚をもって導いてくださいました!!だからこそ、こんなところで死んではなりませぬ!!」
「そうね……だからこそ、私の力が及ばない存在が現れた以上……私にその価値は無くなったのよ……」
「閣下!!」
「あれを倒す術も思いつかなければ、皆を逃がす方法も分からない……それなのに…それなのに、私一人が逃げ出して何の意味があるというのかしら?」
「我が国にはまだまだ閣下のお力が必要です!!今は恥を忍んででも生き延びて、いつか散っていった者の仇を討ってくださいませ!!」
レイモンドの目から涙が流れ落ちる。
エルザの為に命を捨てる覚悟は決まっていた。
「一応聞くんですけど」
「何だ?」
「体が万全だとして、あれをどうにかできますか?」
「お前……俺を何だと思ってるんだ……」
「少なくとも同じ人類とは思っていませんね」
砦の近くまで逃げてきていたスフラとヒメニスだったが、ケルベロスの攻撃を目の当たりにして走る足を止めていた。
「お前もブラインも、どうも俺を敬ってない節があるな」
「主を見て育ってますからね」
はぁ、と深い溜息をつくスフラ。
「んなこたあどうでも良い。お前はどっかに早く逃げろや」
「閣下はあれと戦うつもりですか?」
「そんなわけあるかよ。魔力も尽きたしこれ以上動くのはどうやら無理だわ」
「じゃぁ、私もご一緒しますよ」
「無理して年寄りに付き合うもんじゃねえ」
「今更逃げても遅かれ早かれ閣下のとこ行くことになりそうですから。それなら最期まで付き合うのが忠義ってものでしょう?」
「俺が行くのは地獄だぞ?お前はそこまでの
「私も死ぬまでに一度は地獄ってやつを見てみたかったんですよ。それなら死んでから見ても同じでしょう?」
「ハッ!それじゃあ、ブラインも連れて地獄巡りと
「いや、あの人は何故か助かりそうな気がしますけどね」
死を確信した二人は、普段と変わりないやり取りでその最期の時を迎えようとしていた。
ケルベロスがその頭を砦の方へと向ける。
先ほどの攻撃は外したのではなく、準備運動だと言わんばかりにその両の眼で照準を合わせる。
再び巨大な魔法陣が現れ、乱魔流から魔力が注がれていく。
その三つ並んだ獣の顔には特に何の感情も浮かんでいない。
怒りも、喜びも、殺意すらも感じさせることが無いのに、ひしひしと恐怖だけが伝わってくる。
砦に被弾すれば、砦にいる兵士たちだけでなく、傍にいるスフラたちやエルザの本隊も跡形も無く消え去るだろう。
そして、運命を決める一撃が放たれた。
ドゴォォーーン!!
鈍い大きな音が響き、同時にケルベロスの左の頭があらぬ方向へと曲がる。
そして次々と黒い巨大な塊が高速で飛来してはケルベロスの体に直撃していき、その巨体はたまらず膝を折って倒れる。
それは倒れたケルベロスにも容赦なく降り注いでいく。
「グアガガガァァァァァ!!!!」
その強烈な衝撃に起き上がることも出来ずに苦悶の声を上げる。
飛んできた謎の物体たちはケルベロスに当たった瞬間に爆散して黒い霧となって消えていった。
「ぎりぎりセーフかな?」
何が起こったか分からない一同が目にしたのは。
空中に浮かぶオルトロス――を、両手で持ち上げて浮かんでいるシンの姿だった。
「はい、これが最後の一匹っと」
シンは抱え上げていたオルトロスを無造作に投げつける。
「ガアアッッッッッ!!」
それが立ち上がろうとしていたケルベロスの脇腹のあたりに直撃し、再び悲鳴を上げて倒れる。
こうしてシンの放った運命の一撃は、ぎりぎりのところでエルザたちの命を救うこととなった。
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