第31話 そして到着の魔王様
指揮を執る為に本陣に戻っていたエルザの下に黒狼討伐の報が入る。
それは苦戦の続く戦況の中で思いがけない朗報だった。
先ほど直に黒狼を見た時は、あれを倒してこいとは誰相手であっても命じることは出来なかった。
その相手がスフラであってもだ。
あれは何の準備も無く挑んで良い相手ではない。そうエルザは本能的に感じていたからだ。
そんな勘のようなものを頼りにすること自体、普段のエルザではあり得ないことだったが、それすらも無視させるほどの得体の知れない力を感じていた。
だからこそ、ウルフを殺した後は攻撃してくる素振りを見せていなかった黒狼を放置して、先にオルトロスの対応に当たっていたのだ。
実際は、エルザが見た時とスフラたちが戦った時とでは、全然違う強さのものではあったのだが、エルザにはそこまでは分からなかった。
エルザはスフラの考えていた以上の強さに、評価を上方修正しなければと思い――同時に、自分の手に余る力に警戒心を強めた。
これでオルトロスが全滅しても、次が出てこない可能性が出てきた。
自分の手で仲間を殺しまでした様子からも、その可能性は高いように思えた。
そこへオルトロス討伐の報が次々と入ってくる。
スフラが倒したのを含めて八頭の討伐が終わった。これで残りは十六頭。
味方の被害も大きくなっているが、討伐の終わった部隊が応援に入れば十分に対応出来そうだ。
エルザは状況を整理しつつ、次々と部隊に指示を送っていった。
アフリートは自分の目が信じられない気持ちだった。
丘から遠く見下ろした先にある、リナン砦の周辺に現れたオルトロスの群れ。
偵察部隊からの報告に耳を疑い、この距離からでも姿を確認出来るオルトロスの群れに目を疑う。
その矛先がいつこちらに向くかも分からない状況に兵士たちは浮足立つ。
これまでの三回、こちらに向かって来なかったことが無かったからだ。
「シムザム、現在休息に入っている隊に持ち場に戻るように伝えろ。まずは数だけでも揃えなければ兵たちが落ち着かん」
シムザムは控えていた部下たちにその旨を伝えてくるように命じる。
「ここからでは詳しい戦況は分かりませんが、おそらくは地獄のような有様になっているでしょうね」
アフリートの隣で目を細めるシムザム。
「そのままファーディナントを滅ぼしてくれても構わんがな」
「そうなると、次はこちらへ向かってきませんか?」
「来るだろうな。今の時点で来てないのが不思議なくらいだ」
それは安堵ではなく不安。
情報が足りなすぎて、暗闇の中を手探りで歩いているような不安。
次の一歩が奈落へ落ちるかもしれないという恐怖。
「我らはここで何と戦っているのだろうな……。いや、そもそもどうして――」
「閣下、我らが国の為でございますよ」
シムザムはアフリートの言葉を遮るように言う。
「あぁ……あぁ、そうだな。今のは忘れてくれ」
「心中お察しいたします」
それだけ言うと、老将は自軍へと帰っていった。
アフリートの伝令が各隊に伝わり、慌ただしく陣形を整えていく。
――あの全てがこちらへ向かってきたとしたら、これでどれだけ耐えられるのか?
現在戦える兵士の数は約六万。
その全てが一斉に攻撃をするのであれば倒し切ることは出来るだろうけれど、実際には一部隊規模でしか当たらせることが出来ない。ウルフの群れの時のように物量で押し切れる相手なら可能かもしれないが、強力な単体相手には無意味だし、むしろ邪魔でしかない。
アフリートが求めているのは、ランバート将軍のような一騎当千の兵士だった。
揃いつつある陣形を見ていたアフリートもところへ一人の兵士が走ってくる。
「止まれ!何事だ!」
警護の騎士がその前に立ちはだかる。
「失礼いたします!アフリート様、この短剣を持ったものが軍の責任者に会いたいと申しております」
兵士は恐れ多い様子で、両の掌に乗せた短剣をアフリートの方へ差し出す。
それは豪華な装飾が施された短剣。その柄の部分には王家の紋が彫られている。
「これは――王家の短剣。まさか、陛下たちがもう来られたのか!?」
「い、いえ、その者が言うには、用があって自分だけ先に来たと……」
「すぐに会う!その者をここへ!」
「それが、その……」
「何だ?何か問題があるのか?」
「あ、えぇ、問題というか……」
「はっきり申せ!!」
「は、はい!その者は馬にも乗って来ておらず、あと、その、恰好が少々、奇妙というか、見たことの無い服装でして……信用して良いものかどうかと……」
「は?」
魔王様、戦場に到着。
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