第30話 怪物vs怪物
そこからは一方的ともいえる展開となった。
その体からは想像出来ない力と
二人に次々と襲い掛かる黒狼の鋭い爪と牙。ぎりぎりのところで躱し、得物を使って受ける。
それでも致命傷を避けるのが精一杯で、何度も殴り飛ばされ、弾き飛ばされ、ぶっ飛ばされる。
全身の至る所から出血しながらも戦う二人の姿は、まさに満身創痍といった有様だった。
時折反撃を繰り出すが、黒狼は素早い動きで二人の攻撃を躱していく。
黒狼にとって危険なのはスフラの攻撃。ヒメニスの攻撃は自分に通らない。打撃も来るのが分かっていれば、先のような不覚はない。
それでも、二人が連携されると非常に厄介であると判断した黒狼は、まず始めにヒメニスに照準を絞っていた。しかし、どれだけ攻撃を続けても、互いの隙を上手くカバーしながら戦う二人をなかなか倒しきれずにいた。
それでも黒狼に焦りはない。
二人に体力と魔力の限界が近いのは間違いない。
少しずつではあるが、二人の動きが悪くなってきている。
このまま攻撃を続けていれば、近いうちに自分が勝利するだろう。
黒狼は攻撃を繰り出しながらも冷静に二人の動きを分析していた。
なので、それまでは決して攻撃の手を緩めない。
力も速度も衰えることなく、それこそ息をつく暇を与えることなく二人を攻め続ける。
そして――その時は訪れる。
黒狼の攻撃を躱し切れなかったヒメニスが大きく吹き飛ばされる。
その隙を狙って、スフラが矛を振り上げ、黒狼目掛けて全力の一撃を繰り出そうとする。
だが、振り上げたところで、スフラの体が一瞬止まる。
それは一瞬、ほんの刹那の時間。
しかし、黒狼にとっては十分な時間。
驚異的な脚力をもってスフラへと突撃した黒狼の体は、矛が振り下ろされるよりも先にスフラの腹部に致命的とも思える一撃をくわえた。
「ガハッ!!」
激しい勢いで吹き飛ばされたスフラは、何度も地面に叩きつけられながら砂煙の彼方へと消えていった。
ヒメニスの方を見る。
槍を地面に着け、それを両手で握ることで何とか立っているように見える。
手ごたえからスフレはもう動けないだろう。先ほどの隙も、すでに体が限界を迎えていたからだろうと考えた。
倒す順番は逆になったが、黒狼にとってはより良い結果となった。
残るヒメニスを斃し、スフラに止めを刺せば終わり。
だが油断はしない。敵の息の根が止まったことを確認するまでは。
そして、ヒメニスの首を咬み砕くために、猛然と突進していった。
黒狼は決して油断はしていなかった。
けれど、だからといって常に勝利出来るというものでもない。
《
ヒメニスの身体を中心に目に見えない波紋が幾重にも幾重にも無限とも思えるほどに広がっていき、向かってきている黒狼の全身を通過していく。
黒狼は一瞬自分の身に起こったことが理解出来なかった。
視界が突然モノクロになり、全ての音が消えた。
色と音の消えた世界の中では、全てのものがゆっくりに見える。
それは――自分の動きすらも。
じれったいほどにスローモーションな世界に入り込んだ黒狼は、それでも冷静であったと言える。
自分の足元で巻き起こっている土塊の動きを見るに、自分の体が遅くなっているのではなく、思考が加速させられている為にそう感じているのだと考えた。
特別な乱魔流から生み出された黒狼の知性は、通常の魔物とはまるで違う次元のものだった。
遅く感じているからどうしたというのだ?黒狼はそう思う。
周りとの速度差が変わらないのであれば何の問題もない。
そうして、ヒメニスの首元目掛けて全力で飛び掛かった。
その時、僅かに――そしてゆっくりと、ヒメニスの槍を握る手が動いた。
《クリーク流槍術奥義
黒狼が見たのは、ゆっくりと時の流れる世界の中ですら見えなかったという現実。
ヒメニスの放った突きは、その槍身が視覚出来ないほどの神速を持って黒狼を襲う。
《明鏡止水》はその範囲に捉えた相手の五感を奪い、その敵との間合いを測るヒメニスの固有結界。黒狼は高い魔力によって
最大限の威力を発揮する間合いを測り、そこへヒメニスの持つ最強最速のカウンター。
武勇をもって知られるスフラ軍において、第一軍部隊長を任されるほどの技量の一端。
そして、黒狼は次の瞬間、激しい衝撃を受けて弾き飛ばされる。
それと同時に、世界に色と音が戻り、全ての感覚が元通りになった。
黒狼は無傷だったが、強固に張られていた障壁は砕け散っていた。
ヒメニスにこれだけの攻撃が出来るのは黒狼にとって予想外だったが、次の攻撃で間違いなく仕留めることが出来ると確信した。
こちらは無傷。そして、ヒメニスの持っていた槍は衝撃に耐えきれずに柄の部分から折れ、もはや武器としての機能を果たすとは思えない状態だった。
今度こそ勝利を確信した黒狼は笑みを浮かべる。
空中で着地体勢を整えて、その後の攻撃へと意識を切り替えた。
「よお、ごきげんだな」
不意に背後から聞こえてきたスフラの声。
――何故そこにいる?
――何故まだ動ける?
――何故気付けなかった?
その声に黒狼の中で多くの疑問が浮かぶ。
聴覚を封じられていた黒狼にはスフラの接近に気付くことが出来なかった。
――障壁は間に合わない。
――逃げなければ……どこへどうやって。
黒狼は次の攻撃に備えて着地体勢を整えてしまっていた。ここから身を躱すことは出来ない。
そもそも足場の無い空中では移動することも出来ないし、出来たとしても、敵の姿が見えない以上はどちらから攻撃が来るかも分からない。
黒狼の左右の視界が突然上下にずれる。
そこで初めて黒狼はすでに自分の体が両断されていたことに気付いた。
そしてその意識は二度と這い上がることない闇の奥底へと消えていった。
斬り口から引火した炎が二つになった黒狼の体を燃やしている。
「ヒメニス、お疲れさん」
倒れていたヒメニスにスフラが手を伸ばして起き上がらせる。
「ハハハッ!!一か八かだったが、上手くいったな!!」
全身血まみれで笑うスフラ。
見た目にはスフラの方が明らかに重傷に見えるのだが、ヒメニスは立ち上がるのが精一杯というほどに疲弊している。
「本当は私の一撃で倒すつもりだったんですけどね」
喋るのも辛そうなヒメニスは、主人であるスフラに肩を借りて歩き出す。
ボスと思われる敵は倒したが、味方はまだオルトロスたち相手に戦っている。
「まぁ、お前は陣に戻って治療してろ」
「閣下の怪我も酷そうですが……」
「あ?最後の攻撃で更にあばらを何本かやられたが、まだ半分くらい残ってっから大丈夫だろ?」
当然だろ?という顔でヒメニスを見る。
「あの化物は、戦っていた相手が同じような化物だったとは、きっと最期まで気づいてなかったでしょうね……」
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