第29話 想像を超える黒狼
オルトロスの右の首が斬り飛ばされて宙を舞う。
それでも致命傷では無いらしく、怒りを露わにして斬りつけてきた相手を残った首で睨みつける。
しかし次の瞬間、オルトロスの体は炎の刃で縦に両断されていた。
黒い霧となって消えていくオルトロスの前には、肩で息をしているスフラの姿があった。
「これで三匹目……はあ……はあ……」
今は周囲に上がる歓声すら煩わしい。
後方で休息中だったスフラ軍が現場に駆け付けた時には、すでに前衛部隊は壊滅しており、先に到着していた部隊が何とか抵抗しているところだった。
「ブライン」
「撤退ですか?撤収ですか?退却ですか?」
「ちげーよ!お前がこの軍を指揮して他の部隊の応援に行け!」
「嫌です!!」
「却下だ。拒否権はねえ。こんなごちゃごちゃしたところじゃあ、俺は戦い
「私だって、こんなぐちゃぐちゃした気持ち悪いところからは一刻も早く逃げ出したいんですよ」
オルトロスに襲われた兵士たちの血と肉片が土と混ざりあい、地獄の様な有様になっている地面を見ながらブラインが返す。
「こいつらを全部殺ったところで、どうせ次が出てくるんだろうよ。だから、俺は頭を潰しに行ってくる」
スフラは現状を打破するには黒狼を倒すしかないと考えた。
「なるほど、ではちゃちゃっと片づけて大急ぎで帰ってきてくださいね」
「そんな簡単にいく相手だったらな。ヒメニス!お前は俺と来い!」
スフラ軍第一部隊長であるヒメニスを呼ぶ。
「ブライン殿、我が隊をお願いいたします」
ヒメニスはブラインにそれだけ告げると、二人は乱魔流へと馬を走らせた。
自分の安全の為にも、ヒメニスは置いて行って欲しかった。
二人の駆けていく後ろ姿を恨めしそうに見送り続けるブライン。
――命令はまだか?
そんなブラインの後ろ姿を見つめ続ける第一部隊以下スフラ軍の面々だった。
黒狼には知性があった。
乱魔流より生み出されたその時より、自我と知性を持ち、自らに与えられた役目と能力を把握していた。
その能力は、限定条件の下で自身の持つ魔力相当の魔物を生み出すことが出来るというもの。
条件は――二つ。
それは太陽の出ている間に限られる。
次に生み出すには、前回生み出した魔物が全滅していること。
この二点さえ
つまり、黒狼の備えている総魔力量はオルトロス二十四頭分という計算になる。
欠点としては、黒狼自身は生み出した後は倒された魔物の魔力量分しか保有していないということだった。
もしもエルザがこのことに気付いていたなら、第一に黒狼の駆除に当たっただろう。
もしもスフラがこのことを知っていたなら、オルトロスを三頭も倒す前に黒狼のところへ向かっていただろう。
しかし、現実にはそんなことに気付けるような状況ではなく、エルザは迎撃のために指揮に追われ、スフラは目の前の味方を救うべくオルトロスを倒した。
「ガアッッ!!」
そしてそのツケの全てはスフラとヒメニスが体で払うこととなった。
高速で迫ってきた黒狼の体当たりをギリギリのところで受け止めたスフラだったが、そのあまりの衝撃に十メートル以上弾き飛ばされる。
その背後を狙って繰り出されたヒメニスの槍は黒狼の障壁に阻まれ、その体に届くことなく弾かれる。
黒狼は振り向くと同時にヒメニスに飛び掛かり、鋭い爪の付いた前足をヒメニスの頭を狙って真横に振り抜く。
反射的に槍の柄の部分で受け止め、攻撃を流すように身体をひねって直撃を躱したが、それでもヒメニスの身体は
黒狼が着地の瞬間を狙って炎の斬撃が迫る。
しかし、一瞬早く着地した黒狼は瞬時にステップを踏んでそれを躱して距離を取る。
口元には僅かに挑発するような笑みが浮かんでいる。
斬撃を放ちながら黒狼との距離を詰めていくスフラ。
連続で繰り出される高速の炎舞。
それを紙一重の反応で躱し続ける黒狼。
足元への攻撃をバックステップで躱した瞬間、後方からヒメニスの槍が振り下ろされ、黒狼の体を地面に叩きつけた。
不意を突かれた攻撃だったが――ダメージは無い。しかし、反動で宙に跳ね上がった黒狼の体が、ほんの一瞬、無防備な体勢をスフラに曝す。
「くたばりやがえぇぇぇぇ!!」
そこにスフラの矛が渾身の一撃を打ち込む。
回避不能と思われた全力の一撃。その刃は確実に黒狼の体を捉えたが、障壁に当たった瞬間の衝撃を利用して空中で体勢を僅かに変える。
「チッ!」
そのまま振り抜かれた刃は地面を深く切り裂き、その亀裂から火柱を吹き上げた。
結果、スフラの一撃は黒狼の障壁を破ることには成功したが、右前脚を斬り落とすに止まった。
三本脚となった黒狼だったが、その影響を感じさせない跳躍で一気に二人から距離を取った。
「ハッ!!あれを躱すかよ!!――ヒメニス、大丈夫か?」
「大丈夫――とは言い切れないですね。何カ所かはヒビくらいは入っていそうです」
「そうか!!俺はあばらを何本かやられたが大丈夫だ!!」
「それは良かったです」
――この人なら二、三日したら治っていそうだな。
それはさすがに口にすることはなかった。
「これくらいなら二、三日寝たら治る!!」
口にはしなかったのだが……。
先ほどまでは二人の事を侮り、見下して
一対一ならば負けることは無いだろう。だが、目の前の二人同時だと今の自分には十分な脅威となる。反撃の隙を与えることなく、全力で殺さなければいけない。
斬られた脚はすでに再生している。
目の前の獲物を全力で狩る。
それが獣の本能なのか、それとも知性ある
スフラたちは千載一遇の機会を逃してしまったのだ。
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