幕間3 始まりのイレギュラー
人の近づくことすらない未開の領域。
魔物の蔓延る深い森を抜けた先にある地平に連なる遥かな剣が峰。
ここは神々が住まうと噂されるその頂。
そこに集うは三頭の巨大な古龍。
「準備は整った」
雄大な漆黒の体を横たえたまま、その黒き古龍は呟く。
「エトラの地に門は作られた」
「アイブランの地に門は作られた」
白銀の古龍と琥珀色の古龍がやはり抑揚のない声で返す。
彼らはこの世界の生態系の頂点にある四体の古龍が三柱。
世界の創造時より全てを見続けている観測者。
「ならば、あとは彼の紅き龍を誘い込み封ずるのみ」
「エトラの地に誘い出すための餌を用意した」
「アイブランの地に誘い出す為の餌を用意した」
お互いを見るでもなく、それぞれが独り言を呟くような会話。
「彼の者の力を誘い出すにはそれ相応の餌が必要となる。それに喰らいついた瞬間に我の作った異空へと封じてくれよう」
「我はエトラの地にオルトロスの群れを」
「我はアイブランの地にオルトロスの群れを」
「「「全ては世界の為に」」」
かくして、世界を恐怖に陥れた暴虐の紅き龍はエトラの地の門より異空間へと幽閉されることになったのだが、残されたアイブランに置かれたオルトロスたちは――万が一、途中で封印が解かれた時の紅き龍への対抗策としてアイブランの地に封じられることとなる。
途中、古龍の封印に使われた魔力を吸収し、元より強大な存在へと変化しながら。
偶然にも巻き込まれた一匹の不運なウルフと共に――永き時を眠ることとなった。
彼にとって、それは到底受け入れることが出来ないものだった。
犬のような――狼のような巨大な首、しかも一つの胴体に二つ。
そして遥かに見上げるほどの巨躯をもつ魔物――オルトロス。
それに出会うことは死を意味し、一軍をもって討伐がようやく叶うと言われている怪物。
それが、ここエトラ平原に群れをなしていた。
彼は決して好奇心からそれを見に来たわけでは決してない。この近くの森へ薬草の調達にたまたま出かけてきていただけだった。
その帰り道、身体を貫かれるような強烈な魔力の波動を感じたかと思うと、突然目の前にオルトロスの群れが現れたのだ。
全身が激しく震え、その場にへたり込む。
体中の毛穴から汗が吹き出し、恐怖から涙が止まることなく流れていく。
彼は自身の死を確信し、ただただその時を待っていたのだが、一向に彼に気付く様子は無かった。
それどころか、オルトロスたちはその場から動こうともせず、ただ静かに立ち尽くしている。
そのままどれくらいの時間が経っただろうか。
彼にとっては永遠とも思える恐怖の時間だったが、実際はほんの少しの時間だったかもしれない。
この距離で気付かれていないはずがない。いや、もしかすると、存在が小さすぎて本当に気付いていないのか?
彼の中で助かるかもしれないという思いが浮かぶ。
そして覚悟を決めた。
震える身体を懸命に動かし、這うようにその場から離れようとする。
そおっと――慎重に。
息を止め、衣服の布すれ音すらもたてないように注意して動き出す。
頭の中で
どこまで逃げれば逃げ切れるかなど分からない。
あの巨体に追われれば、数キロの距離すら一瞬で追いつかれてしまうだろう。
それでも、とにかくこの場から一刻も早く離れなければいけない。
ゆっくりと、滑稽なほどゆっくりと動き、ようやく数メートルほど移動した時、不意に彼の体を大きな影が覆う。
同時に彼を襲ったのは、先ほどまでとは全く異質な恐怖。
気が狂いそうなほどの恐怖の波動が彼を襲った。
彼は声を出すことも出来ずに、反射的にその場に転がり仰向けに倒れる。
一ミリとして身体を動かす力が入らない――そもそも全身の感覚が無く、意識だけがあるように感じていた。
それは今彼が目にしているモノ――いや、その視界にすら全身を捉え切れないほどの巨大な紅い存在。それによってもたらされている圧倒的な恐怖が原因なのは明らかだった。
それまで止めていた呼吸が堰を切ったように激しくなる。
その呼吸音と心臓の音だけが耳に聞こえる中、その存在がオルトロス数頭など簡単に丸呑み出来るであろう巨大な口を開きながら、ゆっくりと降りてくるのを呆然と見つめていた。
そして、彼を含む周囲一帯が――強い光に包まれた。
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