第27話 才気煥発のエルザ

 前線部隊と連絡が取れたとダミスターたちの下に報告が入ったのは、王都を出てから半日ほどが過ぎたところだった。

 当初ダミスターはその報告を受けた時に、スズカ領の偵察隊からの報告かと思っていたが、直接本隊から連絡が入ったという。


「シン様、報告によるとやはり乱魔流で間違いなさそうです。渦の様に巻いた魔力から十万を超える魔物たちが現れ、我が軍とファーディナント軍を攻撃しているようです」


 馬に乗って走り続けるシンにランバートが自分の馬を寄せてきて告げる。


「それは結構な数だね」


 ランバートからの報告にシンの反応は薄い。


「そう思っていないような口ぶりですな?」

「んー、どんな魔物が湧いてるのか分からないし、そもそも――こちらの戦力とか、この世界の魔物の強さとかも全然知らないから」


 基準が分からないから驚くことなのかどうかも判断出来ない。


「ハハハハ!!確かにそうですな!!しかし、ドラゴンすら倒してしまうシン様に、魔物の強さを説明せよと言われると……それは少々難しそうですなあ」


 心の底から愉し気に笑うランバート。


「まぁ、そんなシン様に陛下の護衛をしていただけるというのであれば、どのような魔物が出てきても陛下の御身は大丈夫そうで安心しました」

「いや、ランバート将軍も王様の親衛隊隊長なんだから仕事してね?」

「もちろんです!万が一の時はこの命に代えても陛下をお守りいたします!」


 ――簡単に命賭けるとか言わないで……そのせいでこっちの心労が増えたんだから。


 ダミスターとランバートの生首がシンの脳裏をよぎった。



 強い日差しで照り付けていた太陽は、その日の仕事を終えて地平へと消えていき、それまで夕焼けで朱に染まっていた世界は、徐々に闇の中へと吸い込まれていく。

 エルザは本陣を離れ、今はリナン砦にいた。


「どうやら閣下の考えに間違いは無かったようですね」


 レイモンドの言葉に優し気な笑みで返すエルザ。


「まずは第一段階をクリアといったところでしょうね」


 エルザは自分の考えが正しかったことに満更でもないようだ。


 二度目の群れが現れた時に、慌てる兵士たちの中でエルザ一人は冷静だった。

 そしてある仮説を立てる。


 一旦増殖が止まっていた魔物の群れが再び湧き出したのは、最初の群れがロバリーハート側も含めて全滅したタイミング。

 ならば、あの渦がある限りは無限に湧き出してくるのではないのか?

 それは逆に言えば、一匹でも魔物が残っていれば次は無いのではないのか?


 そう考えたエルザは、最後に一匹だけを捕獲するように命令を出す。

 しかし、終わったと思った矢先の突然の襲撃に混乱する戦場では、その作戦の細部までは行き届かなかった。

 その上、前回よりも強力になっていた魔物の奇襲に、すでに大きな損害を受けていたファーディナント軍にその余裕は無かった。

 気付いた時には魔物たちは全滅しており、ロバリーハート側がようやく戦い終えた時には、すっかり日が落ちていた。


 第三波に備えて出来得る限りの篝火を焚いて警戒していたエルザだったが、一向に次が出てくるような気配はなかった。

そこで新たに仮説に条件を加える。


 ――これで打ち止めなはずはないでしょう。なら、出現条件は【全滅した時】、その上で【太陽が出ている間】とかかしら?


 それを確認すべく、夜明けに向けて作戦を全軍に告げる。


 夜明けと共に再び現れる可能性があるので、今のうちに休息をとって万全の態勢で挑むようにと伝達。そして各隊に陣形を指示し、最後に必ず一匹は生きたまま捕獲、もしくは動けないように隔離させるように厳命した。


 そして最後に、その最前線にスフラ軍を配置して、作戦に支障が無い範囲で好きに暴れるようにと伝えた。


 かくして、エルザのその読みは正しかったと証明された。


 ロバリーハート軍が大苦戦の末に全滅させた後も謎の獣は現れず、遠吠えと共に湧いてくる魔物もいない。

 あとは今晩何事も無ければ、調査隊の到着まで十分な時間を稼ぐことが出来る。

 用心の為に夜明け前には臨戦態勢を整えておくように指示して、その日は眠りについたのだった。



 ファーディナント軍とは対照的に、ロバリーハート軍は眠れぬ夜を過ごした。


 第三波を何とか撃退した後も、いつ来るとも知れない敵に対して警戒を続け、兵士たちの精神的な疲労は限界に近づいていた。

 それは指揮官であるアフリートも同様で、その上で国の未来が終わりを迎えようとしていると悟ってしまったことで、その心労はピークに達していた。


「閣下、昨夜のこともありますし、やはり夜間は魔物たちは出てこないのではないでしょうか?」


 作戦会議の為に集まっていた貴族の中からマサラ伯爵が口を開く。


「その可能性は高そうだが、それだと今日の午後の事が引っかかってくる。何故あの後、敵の活動が停止していたのか?」


 アフリートたちもすでに、全滅させれば次が出てくるのではないか?しかもそれは日中限定なのではないか?という、エルザと同じような推測を立ててはいたのだが、エルザが先手を打っていたことを知らないアフリートは、推測していた半分が外れたことで、残り半分に確信を持つことが出来ずにいた。


「次に後れを取ってしまえば、最悪の場合我が軍が壊滅する。それに、陛下がこちらへ向かってきている以上は万全を期して備えねばならぬ」


 この一年で積み重なった疲労に加えて、王が援軍としてくるという状況がアフリートの判断力を鈍らせていた。


「全軍警戒態勢を維持し、敵の襲撃に備えるように」


 貴族たちは兵士たちの消耗度合を危惧してはいるものの、現時点でアフリートの命令に反対できるだけの材料を持つ者はその場にはいなかった。



 そうして、ロバリーハートの眠れぬ夜は今夜も続くのだった。

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