第26話 エルザ=フォン=サンディポーロ辺境伯
ファーディナント軍の援軍を率いているのは、エルザ=フォン=サンディポーロ辺境伯。
女性の身ながらサンディポーロの家督を継ぎ、領地経営や人心掌握の手腕だけでなく、戦いにおいては深謀遠慮な立ち回りで常勝を誇る女傑であった。
ここエトラの地に到着後もロバリーハート軍へ積極的に攻撃を仕掛けることはなく、砦の後方より敵本隊を牽制するに留めていた。
彼女は独自の情報網により、当初からロバリーハート軍の侵攻も国内事情も把握していたのことから、持久戦が最善と踏んでの陣形を構えていた。
エルザにとって全ては計画通りに進んでいた。あと少し経てば、食料不足に陥ったロバリーハート軍は玉砕覚悟で特攻してくるだろう。そうなればいくら死に物狂いの相手であろうとも、それは作戦も何も無い烏合の衆と変わらない。エルザにしてみれば簡単すぎる戦いになるはずだった。
だが、その計画は突然の魔物の群れによって僅かな綻びを見せる。
ロバリーハート側にも被害は出ているだろうが、その規模の詳細は分からない。
そして、自軍の被害はそれなりの数となっている。
しかも今後も増え続ける可能性が非常に高いときている。最悪の場合、魔物の群れを引き連れたロバリーハート軍がここを突破して国内へと雪崩れ込んでくる可能性すら出てきた。
エルザは魔物の二度目の出現時にその危険性に気付き、至急本国へ調査隊の派遣を申請していた。
おそらくは到着まで最短でも三日は掛かると見積もったエルザは、それまでの時間を稼ぐために一計を案じた。
「よし!そいつで最後だ!囲めー!!」
部隊長の指示で最後の一匹となったウルフを兵士たちが取り囲む。
「今だ!!」
高い土の壁がウルフの周囲に現れ、包み込むようにしてウルフを閉じ込めた。
「そのまま壁を維持しろ!絶対に逃がすなよ!」
「閣下、ウルフの捕獲に成功したようです」
「さて、どうなりますかね。まぁ、後はロバリーハートの頑張りに期待しながら待ちますか」
「あの野蛮人共を応援するのも妙な気分ですな……」
副官のレイモンドは素直な気持ちを口にする。
「フフフ、そんなにつれないこと言わないでくださいなレイモンド。敵といえども利用できるものは利用させてもらわないと、ですよ」
笑顔でそう言われても、レイモンドの心境は複雑なものがあった。
「さあさあ、まだ何も終わっていませんよ。状況の変化に対応できるよう全軍まだ警戒は解かないように。もちろんロバリーハートに対してもです」
――ロバリーハートの皆さん、頑張って戦ってくださいね。
遠い戦場の方を見て目を細めるエルザ。
――あなたたちは後でゆっくりと潰して差し上げますから。
その顔には冷たい笑みが浮かんでいた。
第三波殲滅から一時間が経った。
ロバリーハート陣営には、いつ来るか分からない第四波に備えての緊迫した時間が流れていた。
そんな中、総指揮を任されているアフリートは部隊の再編制に頭を悩ませていた。
どの部隊にも死傷者が多く出ている状況で、すでに機能不全を起こしている隊すらある。
アフリートは机の上に並べられた各部隊の被害状況と現在の編成状況を睨みつけながらため息をついていた。
自分が国王から預けられている国軍の部隊だけであればそれほど問題ではなかったが、それぞれの貴族の私軍に関しては派閥の問題もあって、自分より格下の爵位の貴族の軍であっても、簡単に編成をいじることが出来ないもどかしさがあった。
――そんなことを言っている場合じゃないのは分かっているのだが……。
長年沁みついてしまった貴族としての感覚は、そう簡単に覆せるものではなかった。
「まだ動きは無いようですね」
天幕に入ってきた将校がアフリートに告げる。
「渦の様子はどうだ?」
「特に変化は無さそうです。相変わらずの禍々しさですよ」
その将校は苦々しい口調で言う。
「警戒は怠るなよ。あれがこのままで終わるとは思えん」
そう言いながらもアフリートの視線は机上から離れることはない。
「連絡のあった援軍というものがどのようなものか分かりませんが、それが到着すればどうにかなるものでしょうか?」
アフリートもそのことを失念していたわけでは無いのだが、元より援軍が来るなど信じていなかったため、今後の対策を考える上で除外していた。
「それは、援軍が到着してから考えればいい」
本心を言うわけにはいかず、そう答えるに留めた。
ここで退却してしまえば、今後再び遠征軍を起こすことは出来ないだろう。そのような体力はロバリーハートには残っていない。なのでアフリートの心の中に退却するという選択肢は無かった。
考えるべきは、この状況をどうやって好転させるか?――その一点。
ファーディナントに押し付けて漁夫の利を狙う作戦は失敗したとみて良いだろう。おそらくは、自分たちがこれ以上後退したところで、魔物たちが追ってこないとは考えられない。最悪、スズカ領から国内へ侵入されることも十分にあり得る。
最善の結果は、ファーディナントが多大な損害を負いながらも、あの謎の災害を解決したところに攻め込むこと。
最悪の結果は、それまでに自分たちが耐えきれずに全滅、または敗北すること。
生きるも死ぬも本来の敵の強さ次第。
アフリートはそんな他力本願な考えのループから抜け出せずにいた。
そして、それは最善以外は遅かれ早かれ母国の滅亡に繋がるのだということも理解していた。
そんな悩めるアフリートの天幕へ伝令兵が飛び込んでくる。
「ご報告いたします!通信兵より本国との連絡がついたとの報告が入りました!」
後退する際に通信の魔道具が使用出来ないとの報告を受けたアフリートは、すぐに魔力渦の影響を疑った。そして直ぐに一部隊に魔道具を持たせて、通信が回復する場所まで退却するように指示を出していた。
「その者をここへ!」
アフリートに呼ばれて一人の兵士が入ってくる。
「内容をご報告いたします!こちらの状況を伝えたところ、すでに国王陛下自ら国軍を率いてこちらに援軍に向かっているとのこと!この通信も陛下のおられる軍が携帯していた魔道具に通じたらしく、三日以内に到着されるとのことです!」
――まさか、援軍が本当に来るのか……。
――しかし、これは……。
「陛下自ら来られるとは……」
本国に残っていた国軍にはそれほどの戦力は残っていなかったはず。
これ以上の貴族軍の収兵は、いくら同盟国相手といえど、周辺国への備えが手薄になりすぎる。
だとしたら考えられるのは、親衛隊と残された国軍をかき集めての援軍。
おそらく千に届くかどうかの小隊。
それが援軍として出てくるということは、ロバリーハートにとっては打つ手が無くなったことを意味していた。
「陛下が直々に来られるとなると兵たちの士気も上がりますな!!」
その報告に歓声を上げる幕僚たち。
そんな湧き上がる歓迎ムードの中、アフリートは独り――この戦いの終末を感じていた。
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