第25話 アフリートの誤算
数キロ後方まで陣を下げて、周辺に展開していた部隊と合流したロバリーハート軍。
アフリートにしてみれば、ファーディナントと魔物との戦いを高みの見物と決め込んで、消耗したところを叩く心づもりだったがのだが……。
「当方への魔物の群れの消滅を確認しました!!」
「よし!討伐に当たっていた隊を後方まで下げて負傷者の救護にあたれ!代わって三軍と共にマサラ隊、シムザム隊は前に出て次波に備えろ!!」
――くそっ!何だっていうんだ!!
目の前に広がった直視しがたい惨状に、誰に向けていいか分からない激しい怒りが湧いてきた。
アフリートの思惑は大きく外れ、自らもファーディナントと同じく、引くに引けない状況に追い込まれていた。
後退を始めてしばらくして、リナン砦を襲っていた群れとスフラ軍と交戦していた群れが全滅した。
砦後方で待機していたファーディナントの国軍本隊が応援に駆け付けたのだ。
アフリートはこの後、正体不明の魔物とファーディナント軍の戦いが始まるだろうと予想していたのだが、そこに再び件の魔物のものと思われる雄叫びが響き渡った。
またも渦の中から湧いてくる魔物たち。
その姿はウルフではあるが、その全てが先ほどまでより二回りは大きな個体で占められていた。
明らかに強力になったウルフの群れは、ファーディナント軍に猛烈な勢いで襲い掛かっていく。
そして、その矛先は、この戦線から離脱していたと思っていたロバリーハート軍にも向かった。
数万を超える、上位種と思われるウルフの群れ。
その押し寄せる波の速さは、最初のそれとは桁外れの速さだった。
慌てて迎撃の指示を出したアフリートだったが、前回とは大きく違い、簡単に蹴散らすことは出来ないまま、多数の死傷者を出したその戦いは日が沈むまで続いた。
結果、千を超す戦死者と、五千に及ぶ戦闘不能者を出すことになった。
これは、この戦争が始まって以来、一日での最大の被害である。
そして、そのレコードは翌朝には簡単に塗り替えられることになった。
夜通し警戒を続けていたロバリーハート軍だったが、第三波が訪れたのは夜明けを待っていたかのようなタイミングだった。
東の空に太陽が昇り始め、周囲の視界が明るくなり出すと、三度侵攻を告げる咆哮が響き渡る。
押し寄せる大型ウルフの群れ。
前回と一つ違った点は、先頭を一際巨大な獣が駆けてくることだった。
全長十メートル程の巨体に二つの犬のような頭。その長い尾は大蛇のように見える。
地鳴りを伴って向かってくるその獣は、災害級と呼ばれるオルトロスであった。
仲間のウルフを振り払うようなスピードで猛進してくるオルトロスは、全力で展開した土の壁を無いもののように突き破り、前衛の強化された大盾を持った守備兵たちをその太い前足で一撃になぎ倒した。
そうして陣形を崩されたところに後続のウルフの群れが襲い掛かり、一気に小細工の効かない乱戦に突入した。
その巨体を使って暴れまわるオルトロス。
数に物を言わせて兵士に襲い掛かるウルフ。
ロバリーハート軍も前衛の味方を避けるようにウルフの群れに攻撃を仕掛けていく。
総戦力の半分以上を投入しての防衛戦。
かくして――戦うこと約一時間。
ようやくオルトロスとウルフたちの間に部隊を入れ込み、オルトロスを単独で包囲することに成功する。
剣や斧を持った兵士たちが四方から総攻撃を仕掛けて動きを止める。
後方から魔導兵と魔弓兵がその巨体目掛けて集中砲火を浴びせる。
苦し紛れに暴れた攻撃で吹き飛ばされる兵士たちだが、すぐに代わりの兵士が入れ替わり攻撃を続ける。
そして、ようやく崩れるように倒れるオルトロス。
その両の首を兵士の大斧が切り落として、ようやくその死闘は終了した。
後に残されたのは無残な姿となり骸をさらしているおびただしい数の兵士たち。
周囲にはむせ返るような血の匂いが漂っていた。
ファーディナント軍では、少々状況が変わっていた。
こちら側にも現れたオルトロスだったが、その向かった正面にいたのはスフラだった。
「くたばれやアァァァ!!」
その渾身の一撃により、開始早々に退場してしまっていた。
そうなると後は第二波と同じ状況。
前日はロバリーハート同様に大きな被害を出してしまっていたが、今回は万全の態勢を備えて待機していた。
「はぁ、やっぱりまた出てきましたね」
ブラインがうんざりした表情で言う。
「まぁ、あの渦みてえなのがある限り出てくるんだろうよ」
スフラの軍にも少なからず犠牲者が出ている以上、流石に楽しいという気持ちは無くなっていた。
「城から魔導士だか研究者だかが到着して調査するまでは踏ん張るしかねえんだが……」
「来たとしても、ですね」
「あぁ、あのバケモノを何とかしねぇとどうにもなんねえし、それまで大人しくしてくれてる保証もねえなぁ」
――あれは数揃えりゃ良いって可愛い代物じゃねえからな。
「とりあえずは、大将の作戦が上手くいくことを祈ろうや」
スフラは、まだ続いている戦闘をどこか遠い目で見ていた。
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