第19話 戦場に起こる異変


「前方に敵部隊確認!その数約六千!旗印からディヴァイン伯爵の兵と思われます!」


 応援部隊として進軍してきたスフラ伯爵の軍は、目的のリナン砦を目前にしてディヴァイン伯爵の部隊に行く手を阻まれる。


「ふん、ディヴァインの小倅か。一気に踏みつぶしてやっても良いんだがな。どう思う?ブライン」


 にやりとした表情を浮かべて、隣の馬に乗った若い男に声をかける。


「閣下、お戯れを」


 副官のブラインが形式的に返事をする。

 それがスフラの冗談であるということは、彼との長い付き合いの中で十分に承知していた。


「なんだ、つまらんなぁ。お前がその気になったなら、俺は本当にやるつもりなんだぞ?」

「はいはい、分かってますよ。閣下がそうやって私を暇つぶしにからかっていることは」


 今年で五十を迎えたスフラ伯爵は、その強面に似合わぬ悪戯っ子のような笑顔をブラインに向けていた。


「まぁ、それなら作戦通りにやるしかねえな」


 ――最初からそのつもりのくせに。


 ブラインはその言葉をぐっと飲みこんだ。


 ――反応したら調子にのる。


「よーし!全軍、ここに陣を築け!どうせやつらは攻めて来やしねえ!」


 スフラの目的は、砦を攻めているロバリーハート本隊の兵を削り、戦場全体の動きを今より更に遅らせること。


 ――さあて、たっぷりと時間を稼がせてもらうぜ。


 ロバリーハートの物資が不足していることは、すでにファーディナント全軍の知るところであった。



「兄上、敵は陣を築きだしたようです」


 ディヴァイン伯爵であるスチュアート=ディヴァインは先代である父の急逝を受けて十五歳にして家督を継ぐことになった。

 それから二年が経った頃に突如として下ったファーディナントへの出陣命令。

 彼は一つ年下である弟のロメロを副官に、初陣となったこの戦いに臨んでいた。


「どう見る、ゴームス」


 ゴームスは先々代からの臣であり、今回はステュアートの補佐官として従軍している。他の家臣からも信頼も厚く、幼いころから知るステュアートにとっては気の置けない家臣の一人でもあった。


「アレはこちらから手を出さないと確信しているのでしょう」


 ゴームスは立派な髭を蓄えた顔に不快感を表す。


「こちらとしてはそれはそれで助かるというものだな。長い戦いで疲弊してる我が軍が到着したばかりの士気の高い兵とやるのは避けたい。アフリート卿の話では、近々援軍が到着する予定だ。それまでは無駄に兵を失うわけにはいかない」

「本当に援軍など来るのでしょうか?」


 ロメロにはどうにも信じがたい話のように思えた。


「来る!我らにはまだ希望がある!!」


 スチュアートも実のところ信じ切れてはいなかった。


 だが、兵士たちの手前、そう言うしかなかった。そうしなければ、軍の士気を保つことなど不可能だったからだ。今は己の任された役割を遂行する。ただ、そうするしかなかった。


 ゴームスはその聡明な主の気持ちを理解し、静かに目を閉じて奇跡を祈った。



 その日も、午後になっても状況に激的な変化が起こることはなかった。

 ロバリーハート軍が砦前で魔導士と弓兵で成る攻城部隊が攻撃を続け、ファーディナントが砦の障壁を張り直しながら抗戦する。そしてそれを大盾を持った騎士が護るという、ここ数か月変わらぬ展開。


 西に展開した両軍部隊は挨拶程度の小競り合いをするに止まり、新たに到着したスフラ軍は陣に閉じこもり動く気配がない。


 時折ファーディナントの遊撃隊が攻城部隊に迫るが、ロバリーハートの騎馬隊が迎撃に向かうと、すぐに踵を返して消えてしまう。


 ファーディナント軍の動きは、ここ最近あからさまに消極的になっていた。

 その狙いは砦の防衛でも撃退でもなく、ロバリーハートを時間をかけて疲弊させて殲滅すること。

 アフリートはその意図に気付いた時から、真綿で首を絞められるような息苦しさを感じていた。


「これなら、正面切ってぶつかる方がすっきりするのだがな」


 アフリートはそう言いながらも、細かく指示を出し続けて少しでも隙を見つけようと試行錯誤していた。


 そして、その日何度目か分からない支持を伝令に伝えた時に――それは起こった。


 ――な!?


 突如アフリートの全身に走る悪寒にも似た不穏な感覚。

 それは戦場にいた者も感じ取ったのか、一瞬時間が止まったような静寂が生まれた。


 そして、それを引き起こしたモノの正体が何だったのか、彼らはすぐに知ることになる。



 それは砦から南西に位置する場所。ちょうど、スフラ軍とディヴァイン軍が対峙しているその中央辺り。


 黒、白、緑の膨大な魔力が吹き上がり、互いに絡みついて巨大な竜巻のような形を成した魔力の渦。


 その初めて見る異様な光景に、誰しも戦いの手を止めて呆然と見つめるしかなかった。

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