第18話 迫る決断の時
時は少しだけ戻って――
ここアイブランの地にあるリナン平原では侵攻してきたロバリーハート軍がファーディナント軍の守る砦を攻略中だった。
宣戦布告を行わない奇襲からの開戦。
ロバリーハートとしては卑怯者の汚名を着る覚悟でのこの戦いは、短期決戦で一気に勝負をつけなければならない背水の陣での一戦だった。
敵の不意をついたロバリーハート軍は、ファーディナント王都に向けて次々と砦を落として進軍を続けていた。
敵の態勢が整う前に一気に王都を落とす。
この勢いならば達成出来るのではないか?
兵たちがそんなことを感じていた矢先、彼らはここリナン砦において想定外の抵抗を受ける。
十万の兵をもって一気呵成に畳みかけんと攻め込んだロバリーハート軍だったが、ファーディナント王国の周辺貴族の増援が当初計算していたよりも遥かに早く、そして多かったのだ。
その結果、全体の兵の数では勝るロバリーハート軍だったが、複数の敵に対応するために軍を分けなければならなくなり、一年近く経った今でも砦の攻略が叶わずにいた。
本国からの物資の補給も日を増して少なくなっている。
配給の量を減らしながら凌いてはいるが、このままでは近々食料が底を突くことは間違いなかった。
だが、撤退という選択肢を取るわけにはいかない。
引き上げたところで待っているのは飢えに苦しむ未来。今回の出兵でその蓄えはほぼ使い果たしてしまっているだろう。
そもそも易々と逃がしてもらえるはずもない。敗走したとなれば、敵は大軍をもってロバリーハート軍の後方を追撃してくるだろう。そうなれば、後詰だけでなく兵の大半を失うことになるはずだ。
では玉砕覚悟で突撃するか?それならば、甚大な被害を出しながらも砦を落とすことが出来るかもしれない。しかし、その後どうする?残された兵では進軍は叶わず、敵の増援部隊が到着すれば奪った砦を守り切ることも出来ない。
「引くも地獄、進むも地獄か……くそっ!」
今回の遠征軍の総大将を務める、バリアシオン候アフリートは進退窮まりつつある状況を打開する策を導き出せずにいた。
僅かに望みがあるとするならば、数日前に本国から連絡のあった、近々強力な応援が来るかもしれないということだが――
「今更そんな都合の良い話があるものか……」
他国からの援軍だとしても、どこの国が好き好んでそんな汚れ役を引き受けるというのだ。
アフリートはその話を兵の士気を保つための方便だと思っていた。
しかし、兵たちはその援軍に望みを賭けて、今も懸命に戦っている。
国のため、家族のため、友人のために文字通り命を賭けて戦っている。
来るはずのない応援を信じ続けて戦い続けている。
――最終的に彼らを騙しているのは自分だがな。
アフリートは日ごとに積もる自責の念に苦しんでいた。
「報告いたします!!」
その日も連日代わり映えのしない戦況を見守っていたアフリートの下へ、伝令兵が息を切らせて走ってきた。
「どうした」
彼からもたらされる報告が吉報であるはずが無いと確信しているアフリート。
その表情は自然と厳しくなる。
「北東10キロほどに敵の増援部隊を確認しました!その数およそ六千!」
これまでも何度となく聞いた報告。
――チッ!まだ増えるのか。
「ディヴァイン伯爵の隊五千をそちらに向かわせろ!だが、決してこちらから攻め込むなと伝えろ。向こうもその数で無謀に突撃してくるようなことはすまい。あくまでも牽制でいい。敵の動きを止めろ。それと砦への攻撃を緩めるな!隙を見せれば増援部隊との挟撃を狙ってくるぞ!」
状況は時と共に悪化の一途を辿っていく。
減らしても増え続ける敵。
残り少なくなり続ける食料。
全軍を預かる総大将として、最後の決断をしなければならない時は刻一刻と近づいていた。
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