第17話 乱魔流
「まずは先にご説明しておきたいことがございます」
王子がこれ以上暴走してはマズイと感じたダミスターが王子の頭を手で押し返しながら話を切り出す。
「先ほど少し言いましたが、不測の事態が起こったようで、現時点で前線との連絡が取れず、停戦の伝達が出来なくなっております」
「不測の事態?約束の件はどうでもいいのですが、何かあったんですか?あと、その言葉遣いはどうにもむず痒いのですけど……」
戦場の部隊と連絡が取れないということが、あまり良くないことであるというのはシンにも理解出来る。
「貴殿に対して礼を欠くわけには参りません。どうかご容赦ください。状況は全く不明です。本隊に渡してあった通信用の魔道具との交信が出来ないのです。本隊に何かあったのか、魔道具の不具合なのか……」
前者の場合は最悪の事態も考えられる。
「よろしいでしょうか?」
ここでシリウスが初めて口を開いた。
「あぁ、ここからはお前が説明した方が良いだろう」
ダミスターの言を受けてシリウスが話し出す。
「私、宰相を務めさせていただいておりますシリウスと申します。あの魔道具が不具合を起こすというのを、少なくとも私が知る限りございません。特にこのエトラの地と本隊の陣取っているアイブランとの交信でしたら繋がらないはずがございません」
実物を見たことがないシンには、何故そこまで断言出来るのか分からない。
「私の意見としましては、おそらくは通信が阻害されるレベルの乱魔流がアイブランで起こっているのではないかと愚考いたします」
「乱魔流?」
シンには初めて聞く単語だった。
「はい、数百年に一度起こるとされている、複数の属性を有する自然の魔力の氾濫のようなものでございます」
「え、それって――」
「はい、ご存じかと思いますが、魔物は魔力の素となっている魔素より生まれます。乱魔流が発生したと仮定するならば、通信が阻害されているだけでなく、大量の魔物が彼の地に発生していると考えられます」
「魔物の大暴走――スタンピードですか?」
「やはりご存じでしたか。伝え聞いた話によれば、過去には数十万を超える魔物の群れが国を襲ったという例がございます」
「ええっ!!」
驚いているロットは初めて聞いた話なのだろう。
ダミスターとランバートは当然すでに知っていたようで、その表情に変化はない。
「すでにファーディナントと国境を挟むスズカ領へ連絡は済まし、現場の偵察を命じております。今はその報告を待っている状況です。王都に残っている国軍もすぐに出せるように準備を進めております」
その口ぶりから、ダミスターはすでに最悪の事態を想定していることが伺えた。
「シン殿のお陰で内政を立て直す目途が立ったというのに……」
こめかみを押さえて深い溜息をつく。
「そこでお願いがあるのですが」
「何か手伝いましょうか?」
そういうことなのかと思ってシンが問いかける。
「いえいえ!とんでもありません!これ以上のご迷惑をお掛けするわけには参りません!それに、ここで貴殿に頼ってしまっては、国民たちに何のための王かと言われてしまいます」
そういうことではなかったようだ。
「シン殿には事が落ち着くまでこの国にいていただけないでしょうか?もちろん部屋はこの城に用意いたしますし、生活に必要なものは言っていただければご用意いたします。全てが片付いた後に、我々に出来る限りのお礼をさせていただきたいのです」
ダミスターは深々と頭を下げる。
「あぁ、王様がそんなに簡単に頭を下げないでくださいよ。しばらくここに居るのは構いませんよ。天候が落ち着くかも確認もしたいですし、この後どうするか何も決めてないですからね。あと、そちらに負担が掛かるようなお礼は止めてくださいね」
せっかくだからこの世界をゆっくり見て回りたい。その費用の足しになるくらいのお礼を貰えれば良いと考えていた。
「感謝いたします。――ノーラ」
ダミスターが部屋の外に向かって声をかけると、扉から三人の男女が入ってきた。
どうやら、ずっと待機していたようだ。
一人は先ほど広場で王の伝令を伝えに行ったノーラと呼ばれていた女性。
腰まで伸びた黒髪と理知的に感じる表情、見た目はシンより若干年上に見える。
「この者はノーラと申します。必要なものがあればこの者にお申し付けください。後ろにいるのが執事のフェルトとメイドのエスティナです。身の回りの世話はこの者たちに」
フェルトはシンと同世代くらいの黒髪細身の青年。身長は若干低めだろうか。
対照的にエルティナはかなり体格の良い女性で、身長はフェルトより頭二つは高い。ブロンドショートヘア―で、ノーラより年配のようだ。
「よろしくお願いいたします」
三人が綺麗に揃って挨拶をする。
「あ、こちらこそよろしくです」
シンも恐縮して返事を返す。
「では、申し訳ありませんが、これにて私は失礼させていただきます。私に何か用がある時はその者たちに言っていただければ」
そう言って席を立とうといたダミスターだったが――
「あ――それとですな……」
何かを思い出したように上げかけた腰を止める。
「もしよろしければ、ですが。この愚息の相手をしていただければ……」
ダミスターの上着の裾を引っ張りながら、キラキラした目をシンに向けるロットを見ながら言った。
この親子には緊張して接するだけ損だと感じたシンだった。
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