第16話 ロットスター=ロバリーハート


 落ち着いた上品な装飾が施された部屋。

 華美ではないが、絵画や陶器類それぞれに歴史を感じさせる風格がある。

 王宮の応接室にしては少々地味な印象を受けるが、日本育ちのシンには変に派手派手しい部屋よりも落ち着くものだった。

 

 本人の身に覚えのない誤解を解いた後、国賓を扱うかのような丁寧な対応を受けつつこの部屋へと通されたシン。

 今は足色の弱まりつつある雨を部屋の窓からぼんやりと眺めていた。


 部屋をノックする音。


「どうぞー」


 それに間延びした返事を返すシン。

 王宮の応接室とは思えない光景。


 先頭で部屋へ入ってきたのはロバリーハート王。

 先ほどまでの王様然とした服装ではなく、式典へ出席する時のようなタキシードタイプの正装に身を包んでいた。


 その後ろには同じような服装の少年。

 日本でいえば中学生くらいだろうか?話の流れ的には王子だろうなとシンは思う。

 そして、白いローブ姿のシリウスと呼ばれていた初老の男と、ランバート将軍。

 ランバートだけは甲冑姿だったが、どこにも帯刀はしていない。


 彼らが部屋に入ってくるのを見て、テーブルの置いてある中央のソファーへとシンも向かう。


 ――あ、この世界って、上座とか下座とかあるのか?ん?ん?


 どこに座ったものかと考えていると――


「シン殿――」


 四人はシンの前に片膝を着き、深く頭を垂れる。


突然の行動に驚き動揺しているシンの表情は下を向いている四人には見えない。


「此度の我らが貴殿に働いた数々の愚行、このようなことで許されるなどとは思わぬが、私からの一つのケジメと思って受け取っていただきたい。本当に申し訳ないことをしました。心から謝罪いたします」

「い、いや、王様にそこまでされるようなことじゃないですよ。そりゃ、話も聞かずに攻撃された時はちょっとはムカつきましたけど、今は誤解も解けましたし、そんなに気にしないでください。ですから頭を上げてください」


 大の大人に頭を下げられるのは結構な気恥ずかしさを感じてしまう大大大の大人のシン。


「寛大な配慮、痛み入ります。しかし、貴殿はそんな我らの命だけでなく、この国の危機すら救ってくださった。その大恩をどのように返していけばよいのか今のところ皆目見当もつきませぬ。それなのに……」


 そこで少し言い淀む。


「約束した停戦も今すぐにとはいかなくなっているようで……」


 受けた恩を返す算段すら出来ていない上に、交わした約束すら守れないという不甲斐なさに、膝に置いた手に自然と力が入る。


「事情は分かりませんが、戦場に放り出されることがないんだったら、どちらでも構いませんよ?そりゃあ、戦争なんてやらない方が良いですけどね。あ、それともまだ戦力にしようとか考えてます?」

「そ、そのようなこと、大恩ある貴殿に対して思うはずもない!」


 慌てて顔を上げてシンを見る。

 シンはその顔にいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。


「でしたら、それは国同士の問題ですから、決闘の約束とか忘れてください。それと、後は座って話ませんか?こういうのは、ちょっと、慣れてなくて……」


 そのどこにでもいる普通の青年のような姿に、先刻感じていた恐怖は微塵も受けることはなかった。


「それに、初めて見る人もいるみたいですしね」


 そう言って視線を後ろの少年へ向ける。


「あ、あぁ、これは――」

「お初にお目にかかります魔王陛下!」


 王の言葉に被せるように少年が顔を上げて切り出す。


「私は、ロットスター=ロバリーハート。この国の第一王子でございます!」


 キラキラとした目で魔王を見つめ、興奮気味に自己紹介をする息子に肩をすくめる父親。


「この度はご拝謁の機会をいただけたこと、心より感謝いたします!」

 その勢いに少し引き気味なシン。


「えっと、ロットスター王子?」

「ロットとお呼びください!それと敬称など不要でございます!是非ロットと!!」

「いやいや、そういうわけにはいかないでしょう?ねぇ、ロバリーハート王?」


 何とか逃れようと父親に助けを求めてみたが――


「私のこともダミスターと」


 しかし、回り込まれてしまった。シンは逃げられない。


「……分かりました。ダミスター王とロット君で。これが限界ですよ。それと、私のこともシンで構いませんので。なので、とりあえず座って話をしましょうよ」


 王様と王子様に頭を下げられたままの状況に限界を迎えたシンは、とにかく座るように促したのだった。



 シンの向かいにダミスター、その隣にロットが座る。ソファーの後ろにシリウスとランバートが立っているという配置。


「先ほどの謝罪は受け入れます。なので、もう気にしないでくださいね」

「シン殿の寛大な心に感謝いたします」

「それと天候が落ち着くまでは、私が雨は管理するので安心してください」

「それについても、本当にありがとうございます。どれだけ言葉を尽くしても感謝しきれません」

「それと、ダミスター王……」

「何でしょうか?」

「ロット君が凄くこっちを見てくるんですが……」

「お気になさらず」

「気になりますって……」


 前のめりの姿勢でシンを見つめ続けているロット。


「これは部下の者からシン殿の話を聞いたようで、どうしても自分も王子として挨拶したいと申しまして。まぁ、それはただの口実で、ドラゴンを倒し、天候を操って国を救ったという英雄殿に会いたいというのが本音でしょうが」


 分かっていて連れてくるところに若干の親馬鹿感が漂う。


「いいえ、神に誓って違います!」


 しかし、それを力強く否定する王子。


「出来れば直接詳しいお話を聞きたいと思ったのです。決してただ会いたいと思ったわけではありません!!」


 そう言って、間に挟んだテーブルを乗り越えんばかりに身体を乗り出してきた。



 神様の苦笑している姿が見えた気がしたシンだった。

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