第15話 救国の雨
「……ごめんな」
シンの口から出たのは謝罪の言葉。
それは友人たる古龍の同族を殺してしまったことへの
「せめて会話が出来るくらいの知性があれば……」
あのまま見逃せば、どこか他の所で被害が出るのは明らかだった。
説得しようとしたが、言葉が通じなかった以上、ここで倒してしまう他に選択肢は浮かばなかった。
本当は通じていたのだが……。
そして、ゆっくりと地上へと降りる。
そこにはロバリーハート王を中心に固まり、呆然とした表情でシンを見ている一同。
誰もが今目の前で起こったことが理解出来ないでいた。
「ちょっと邪魔が入りましたけど、残りもチャチャっと終わらせましょうか」
言葉遣いが無意識に敬語に戻っていたが、シンを含めて誰もそこは気付かない。
「ま、待ってくれ!」
兵士の間からロバリーハート王が出てくる。
「何故……ドラゴンを倒したのだ?」
「え?もしかして、あの子って王様のペットとかでしたか!?」
「いや!そんなわけなかろう!!あれは貴殿が喚び出したのではないのか?」
「いやいやいやいや!それこそ、そんなわけないでしょう!?何で自分で喚んでおいて殺さなきゃいけないんですか?そんな人でなしじゃないですよ?」
魔王だろ?人では無いだろ?とは思っていても言えない王様。
「あれは勝手に出てきたんですよ。出てきた時の魔法陣は異空間とのゲート的なやつでしたから、この場所を出入口にして、どこか別の次元に封印されてたのが出てきたんだと思いますよ」
そう言ってシンは足下を指さす。
「まさか……あのような厄災が……この王都の下に眠っていたというのか……?」
「で、その上で派手な召喚術とか、魔力使って矢を撃ったり決闘やったりしたもんだから、その刺激でゲートの封印が解けたとかじゃないですかねぇ。あ、正確にはこの下にドラゴンが眠っていたとかじゃないですけどね。あくまでも出入口ですよ」
笑顔で説明するシン。
「貴殿の行動は我らを助けようとしたかに見えたのだが……その意図は何だ?」
――ドラゴンが暴れたところで、この魔王には何ら脅威とはならなかった。
――なら、我々を救うようなことをせずに、高見の見物を決め込めんでも良かったはず。
「え?ほっといたらみんな死んじゃってましたよ?意図というか、目の前で困っている人がいたら普通助けるでしょ?まぁ、本当は知り合いに似てたんで何とか仲良く出来ないかと思ったんですけど、こちらの古龍とは意思疎通が出来ませんでした」
――は?
――困っている人がいたら普通助ける?魔王が?人助け?
――知り合いに似たドラゴン?こちらの古龍?
――向こうに古龍の知り合いがいるの?
自分たちの常識を超えた情報量に混乱する一同。
「その言葉を信じろと?」
つい先ほど、自分たちを絶望のどん底へと突き落とした魔王の口から出た信じられない言葉。
――ただの善意から助けただと?
それを鵜呑みにするような馬鹿はここにはいなかった。
「本当ですよ?さっきのよりずっと大きな古龍で、普段は気難しいところはあったけど、いろいろ教えてくれたりする気の良い奴でしたよ?」
そこではない。
「まぁ、見てないものを信じるのって難しいですよねぇ。俺もあいつに会った時は自分の目が信じられなかったですから。あぁ、写真とかあったら見せられたのになぁ」
だからそこではない。
「その話は置いといて――」
注文を間違えて持ってきたのは自分だが?
「約束も守ってもらえるみたいなんで、先にやることやっときますか」
皆を置き去りにしたまま先を進める。
両手を上空に掲げて魔力を込める。
「ま、まて!!何をする気だ!!」
突然の行動に慌てて声を上げるロバリーハート王。
「先ほども終わらすと言っていたが、何をするつもりだ!?」
その表情にはあからさまな警戒心が浮かんでいる。
全員がもう何が何なのかさっぱり分からなくなっている。
何一つ理解出来ない。
魔王が何を言っているのか、何をしようとしているのか、自分たちはどうなるのか……。
いろいろ有りすぎた一日だったが、今がそのピークではないだろうか?
考えても出てこない答えに脳がオーバーヒートしそうだ。
「何って、雨降らすんですよ?必要なんでしょ?」
なので、これ以上の理解不能な情報は勘弁して欲しかった。
「雨を……降らす?まさか――そんなことが出来るのか!?いや、その、な、何故貴殿がそんなことをする!?」
それまでの情報を処理することを放棄して、目の前の問題に取り組むことを優先した。
「自分としては戦争に利用されないならそれで良いですからね。戦争を止めてくれるっていうなら、原因となった雨不足を解消するくらいはやりますよ。じゃないと国の人が困るんでしょ?」
もし、それが本心なのだとしたら、何故決闘などと言ってきたのだろうか?
隷属出来なかった時点で圧倒的な優位性は魔王にあった。この国どころか世界を危機に陥れたと思った。それでも、少しでも希望のある選択肢を選ばなければならない。だからこそ、自分の命を代償に交渉を試みたのだ。
それなのに、これではまるで――
「じゃぁ、いきますねー」
シンの気の抜けた掛け声に思考が中断される。
掲げた両手の上空に浮かび上がる巨大な魔法陣。
そこから放たれた光がその上に新たな魔法陣を描く。
そうして次々と数を増やしながら天空へと伸びていく。
都合六つの魔法陣。
『嵐よ』
直接頭に流れ込んでくるようなシンの声が聞こえた。
六つの魔法陣は眩い光を発すると同時に、周辺の気圧が一気に変わり、強烈な耳鳴りに襲われる一同。
それまで雲一つ無かった空に、白い雲が発生し、それは徐々に色を濃くしながらロバリーハートの国土全体を覆っていった。
『雷よ』
耳鳴りに耳を抑えていたにも関わらず聞こえてくるシンの声。
視界が白に染まるほどの強い光と、爆発音のような轟音。
天空を巨大な雷が走った。
そして――
ぽつり、ぽつりと落ちてきた水滴が見上げる王の頬へ、兵士の出した手の平へ――徐々に勢いを強めていく雨は、ロバリーハートの乾いた大地へと吸い込まれていき、長く続いていた渇きを潤していく。
「これは……夢ではないのか……」
ロバリーハート王は、全身を濡らす雨を見上げながら、震える声で呟いた。
「雨だ!!雨だぞー!!」
兵士たちが歓声を上げる。
全ての緊張から解放されたかのような喜びの声。
どこにそんな元気が残っていたのかと思えるほどの歓喜の大合唱。
「国は……民は……救われるのか……」
自然と溢れてくる涙。
力が抜けたように膝から崩れ、地面に突っ伏してむせび泣く。
「う、うぉ、お……おぉぉ……」
人目もはばからず泣く王を見て、兵士たちの喜びは最大限に達する。
「雨が降らなかったのは、どうもあのドラゴンを封印していた術式が弱まって魔力が周辺に漏れ出していたせいみたいですね。これからは普通の天候に戻ると思いますよ」
鳴り止まぬ歓喜の歌声はやがて国中に広がっていき、シンの言葉と王の
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主人公シンがどうやって生まれたのかを書いたエッセイ、「魔王シンという男」を書きましたので、興味のある方は読んでやってくださいませ。
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