第14話 身を焦がす業火

 ドラゴンは自分に起こったことが理解出来ずにいた。

 体中を駆け巡る、生まれて初めて感じる激しい痛み。

 全身を覆うように燃え上がった灼熱の炎は、紅き龍の皮膚を焼き、大きな焦げ跡を残して消えた。


 魔法にも炎にも高い耐性を持つ古龍種といえど、自らの全力のブレスの直撃を受けて無傷というわけにはいかなかった。


 大きく崩れた体勢を空中で立て直し、遠く地上へと視線を向ける。

 そこには――炎上しているはずの城、灰と化しているはずの人間。

 そして、空中に浮かぶ奇妙な紺色の着衣の若い男。


 ありえない景色がそこに広がっていた。


 ――何が起こった?


 ――何故あれらは無事なのだ?


 ――あの宙に浮いている者は誰だ?


 痛みで若干の冷静さを取り戻した頭で考える。

 そして、自分を襲った攻撃が自分の放ったブレスであることに気付き、おそらくはあの男がそれをやったのだろうと結論付けた。


 ただ、自分の知る人という種族はそのようなことが出来るものではない。

 身体も小さく、魔力も古龍である自分たちにしてみれば取るに足りない矮小な存在だったはず。

 他の魔物と比べれば多少の小器用さと知能はあるが、自分たちの力の前では大差なかったはずだ。


 それが人間に対する認識。


 ――我が封印されている間に進化したのか?


 ――それともアレが突然変異種なのか?


 ――そもそも、魔法で空を飛ぶ人間など聞いたことがない。


 ――それは強大な魔力を有する我ら龍種にのみ許されたもののはず。


 人間なのかも怪しい正体不明のモノに警戒を強める。

 だが、この世界において最強の存在である古龍たる自分が、一度自分の攻撃を弾き返されたくらいで逃げ出すなどという考えには至らない。

 そして湧き上がる激しい怒り。

 ただの餌でしかないと認識していた人間に与えられた痛みへの怒り。

 久しぶりの楽しい時間を突然邪魔されたことへの怒り。

 一瞬冷静になっていた思考が、今度は怒りに支配される。


 あれが何であろうと構うものか。


 まとめて潰してしまえばいい。


 ブレスを弾き返し、空を飛ぶ。

 ――人間にしては魔法に長けているようだが、圧倒的な質量を跳ね返すことは出来まい。

 シンがブレスを物理的に蹴り返したとは露ほども思っていない。


 全身の魔力を身体強化へと注ぎ込む。

 それは先ほどのランバートのものとは比べようもない。

 そして、シンもろとも城を潰すべく急降下。

 強化されたドラゴンの体は、自らの推進力と重力によって加速度的にその運動エネルギーを増加していく。


 怒りに身を任せた小細工なしの力技。

 しかしそれは、地表に落下すれば天変地異を巻き起こしかねないレベルの、巨大な隕石に等しいエネルギーを内に宿していた。


 空気との摩擦熱で赤く発光し、唸りをあげて紅蓮の流星のごとくシンへと迫る。


 ――避ければ下の者たちが死ぬぞ。


 ――さあ、自慢の魔法で抗ってみせろ。


 ――そして、まとめて消えろ!!


 ドラゴンの巨体はシンを一気に飲み込み、そのまま王と兵士たちのいた王城へと激突し、城は何の抵抗も無くその質量に押し潰され、地表に衝突した衝撃波は凄まじい勢いで王都全体を吹き飛ばし、その中心には衝撃の大きさを物語る巨大なクレーターが――



 出来たりはしなかった。

 

 

「まて」


 シンは右手を前へと突き出し、衝突の瞬間にドラゴンの鼻頭を押さえる。

 まるで犬を躾けるような動作で――


 ドラゴンを受け止めた。


「グッ!ガ、ガガガアァァァァーーーー!!」


 受け止められた衝撃が全てドラゴンへと跳ね返る。

 強力な強化のお陰で首の骨が折れるようなことはなかったが、全身の骨に無数のヒビが入り、内臓へも深刻とも思えるダメージを負った。

 呼吸をすることも、飛行を続けることも困難な状態。

 あまりの苦しさに何が起こったのかを考える余裕も無くしていた。


 焦点の定まらない視界に、ぼんやりと自分の鼻に手を当てているシンの姿が見えた。


「落ち着けって。お前、話は通じるのか?」


 ――あ……あ、アアアアアアアアアアァァーー!!!!


 シンの声を聴いた瞬間、最後の力を振り絞るように全速力で上空へと舞い上がる。

 その反動で何か所かの骨が折れた音が体内に響く。

 そんなことすらも今は些事に思えた。


 シンの手の平から感じたのは――


 その深淵すらも推し量れぬ圧倒的な魔力。


 今まで自分が他の生物へ感じていたものとは真逆の力の差。


 そして、恐怖。


 人間の姿をしていながら古龍の言語を操り、その古龍の力すら遥かに凌駕するバケモノ。

 自分は今、決して出会ってはいけないモノに出会ってしまっていたのだと……。

 

 本能的に命の危機を感じて逃走したのだ。

 世界の支配者であるという古龍のプライドも、絶対的強者であるとの誇りも、全てかなぐり捨てて逃げ出した。


 ――どうしてこうなった!!


 ――ようやく自由になったというのに!!


 ――何故!何故!何故!!



『炎よ』


 ドラゴンの耳に届く声。

 耳元で囁くように聞こえたその声は、あたかもこの世界が発した自身への審判のように思えた。

 決して逃れられない――死の判決。


「ガアッ!!……アア……ァ……」


 真紅の身体は青白い炎に包まれる。

 苦痛を感じたのはほんの一瞬。

 その一瞬で、全てを燃やし尽くし――灰も残らず消し去った。



 かくして、炎をもって国を滅亡させてきた若き暴虐の古龍は、その身を更なる灼熱の炎に焼かれて、支配していたはずのこの世界から退場することになった。

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