第11話 王の覚悟と国の行方

 戦争とは攻めていた方が撤退したらそれで終了という単純な物ではない。

 戦後の保証問題等もあるだろうが、まずは停戦もしくは休戦の申し出をしなければならない。

 さもなくば撤退の際に追撃を受け、甚大な被害が出ることは間違いなかった。


 一方的に攻め込んだ側からの申し出になれば、それこそ受け入れられる為に払う代償は大きなものになるだろう。

 平和な日本に生まれ育ち、戦争はテレビの中でしか知らず、最終的には大将同士の決闘で勝敗を決めていた世界で過ごしてきたシンには、とてもその考えに至ることは出来なかった。


「魔王シン殿、これをもって我らの償いとさせてもらってよろしいだろうか?」


 状況整理が終わらないシンに問う。


 シンには二人の首が何に必要なのかまだ理解出来ていなかった。

 ここで王様に死なれてしまっては計画が台無しになってしまうし、そもそも自分のとった大人げない行動を誤魔化す為に始めた賭けの結果で人が死ぬとか目覚めが悪すぎる。


 彼らが出兵に至った理由、それに対する苦悩と自国への想い。

 シンが人知れず自尊心を守ろうとした結果、一つの国に滅亡の危機が迫っていた。


 ちゃんと話を聞いていたならば――突然、「賭けをしよう」などと馬鹿なことは言わなかっただろう。

 これは――『人の話は最後まで聞きましょう』という教訓。


 なにも、不利益を受けるのが聞かなかった当人だけとは限らないのだ。



「賭けは俺の勝ち。そして約束を守るならそれでいい」


 ――魔王はこれから苦しみながら滅びていく我が国を見たいのだから、当然そう言うだろう。


 ロバリーハート王はシンの言葉をそのまま受け取り軽く頷く。


「この期に及んで約束を反故にするようなことはしない」


 しかし、魔王が直接的な武力をもってするより、真綿で首を絞めるような悪趣味な嗜好であるというのは僅かながらも救いであった。


 停戦に持ち込むことが出来れば、多くの戦力を国に戻すことが出来る。

 ならば、すぐに協定を破ってまでファーディナントが進軍してくることはあるまい。


 国に残された物資は僅かだが、他国からの援助で時間を稼いでいるその間に干ばつも解消されるかもという希望がある。


 魔王の脅威は依然として残るが、早急に他国へ密使を出してその恐ろしさを伝えれば――人類が一丸となりさえすれば打倒し得るのではないだろうか?そう信じるしか他は無かった。


 ――多くの者が死ぬのであろうな……。


 自らの判断が招いた、誰も予期しなかった最悪の魔王の出現。


 心の中には、自分亡き後の国への想いと、罪なき人々への慚愧の念が渦巻いていた。



 イマイチ分からないが、戦力として戦場に駆り出されることは回避出来たらしい。

 とりあえず、自分の中で整理出来ていること――賭けの勝敗、約束の実行の有無。

 改めて口に出して確認してみたが、どうやら約束は守ってもらえそうなので安堵した。


 ――やっぱり、それはちょっと……とか言われたら、この場にいる全員の記憶を消して逃げ出すとこだった。

  改めて言うが、シンにはこの世界をどうこうする気は全くない。


「ノーラよ、ファーディナント軍へ直ちに停戦の使者を送るように前線の通信兵に伝えよ。」


 ロバリーハート王は先ほどのローブの女へと指示を出す。


 ノーラは悲しみで震える身体を懸命に動かし、王からの最後と思われる命令を遂行すべく、深々と一礼をしてその場を後にした。


 ――あとは水不足を解消して終わりかな?


 重々しい空気が何なのかはよく分からないということでスルーすることにしたシン。


「では、後のことは任せてもらおうか」


 シンは計画の最終段階へ何とか無事たどり着けたことに自然と笑顔になる。


「それはどういう――」


 予想していなかったシンの言葉に、その真意を聞こうとロバリーハート王が口を開いたその時――


 ――シンを喚び出した魔法陣が再び魔力を放ち、巨大な光の柱となって天空へと伸びた。



「何だ!何が起こっている!!」


 あまりに突然の出来事に、王の問いに答えられるものは誰もいなかった。


 ランバートは即座に立ち上がり、王の盾となるべくその前に立つ。

 他の兵士たちも反射的に武器を構えて魔法陣へと体勢を向ける。


 魔王を喚び出した時とは様子が違う。


 光の柱は徐々に上空で球体になっていき、どんどんとその大きさを増していく。

 魔法陣から放出されている魔力が一つの塊となっていくように見えた。


 そして、その全てが球体に吸い込まれていき、巨大な魔力の塊を残して魔法陣は再び沈黙した。


「また……何かが……出てきたというのか……」


 しかし――何故?

 魔王を召喚したことで、その魔力は全て使い切っていたはず。

 混乱する思考に、ただただそれを見上げることしか出来ない。


 やがて光の球体はその色を眩い白から徐々に鮮血のような鮮やかな赤へと変え、その形を球体から何らかの姿へと変貌していった。そして――


 城の上空を覆うほどの巨大なモノ。

 それは幼いころに読んだ英雄譚に語られる世界を襲った災害。

 その場の誰しもがそれを連想したが、とても軽々しく口に出せるようなものではなかった。


「そんな……馬鹿な……」


 信じられないモノを目にし、魔王と対峙した時以上の絶望的な感情が押し寄せる。

 だがそれは、その存在が魔王以上のインパクトのモノだったからだけではない。

 彼らが目にしたのは――



 ――空に浮かぶ真紅の体躯の巨大なドラゴンと、それに家族に向けるような優しい微笑みを浮かべて見つめている魔王だったからだ。

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