第9話 将軍ランバート

 広場の中央に向かい合う騎士と魔王。

 両者の距離は十メートルほど。


 全身白銀の鎧に身を包み、己の身の丈ほどもある大剣を正面中段に構える騎士。

 全身紺色のスーツに身を包み、正直冗談としか思えない手ぶらで迎え撃つ魔王。

 外見も戦う目的もまるで違う二人。


「魔王殿、本当にこちらから仕掛けて構わぬのだな?」


 ランバートは鋭い視線をシンへと向ける。


 ――この一撃に命を賭ける!


 すでにその心には一片の恐怖心もなかった。


「ああ、俺はこの場から動かないし、攻撃を避けることもしない。もちろん先に手を出すこともな」


 ――きっちりと約束通りの条件で勝って、戦争を回避する。


 ――その後で、これまでのことはお互い水に流しましょうとか言って和解する。

 未だにその心には打算しかなかった。



 神にすがるような想いで見守る王と兵士たち。

 戦いはおそらく一瞬で終わるだろう。

 ランバートの攻撃を魔王に届かなければ、それは国の破滅を意味する。

 彼らは本気でそう思い、ランバートの勝利を願った。



「では、我が勝負に勝った時の条件も守ってくれるものと信じてよいのだな?」


「決して約束を違えぬと誓おう」


 正直なところランバートは、魔王との口約束がどれほどの意味を持っているのか判断出来ずにはいたのだが、少なくともこの好機を逃す手はない。


 ――おそらく王も同じような考えでこの賭けに乗ったのだろう。


 それなら自分のやるべきことは一つ。

 渾身の一撃をもって魔力障壁を打ち破り――


 ――魔王を斃すこと。


 魔王の提示した勝利条件は明らかにこちらを侮ってのもの。

 絶対に障壁を破られぬという自信からのもの。

 ならば――その前提条件を覆せば良い。


 体内で最大限に魔力を練り上げる。

 そして、その全てを肉体強化へと費やし、その身体からは命すら燃やしているのではないかと思うほどの闘気が立ち上がる。

 全身の細胞全てが活性化しているのを確かに感じ、即座に行動に移る。

 相手にこちらの力を測らせる時間を与えるような事はしない。


「――参る!」


 シンの返事を待つことなく仕掛ける。


 踏み込んだ地面が爆発的にえぐれ、その身体は撃ち出された弾丸のように飛び出す。


 先ほど見えた障壁はシンを中心に半径二メートル程のドーム状だった。

 その地点へ一気に踏み込み、障壁を破った後に魔王を斬る。


 力及ばねばその身が砕ける覚悟の一か八かの単純な作戦。


 この魔王相手に、通常ならば力を溜める時間すら稼ぐことは出来ないだろう。

 それゆえに諦めていたランバートの最大の攻撃力を誇る奥義。

 だが、奇跡的にも舞台が整った今、一切の迷いを捨てたその身体は猛り狂う力の権化と化し、明確な殺意をもってシンへと襲い掛かった。



 一気に膨れ上がるランバートの闘気。

 それはシンにとっては完全に想定外のものだった。

 余裕をもって見積もってすら問題ないと考えていたが、目の前にいる騎士はそれを遥かに上回っていた。

 そこには、スーツに付与された防御壁を突破するに足るだけの力を感じて驚嘆した。


 ――これは舐めすぎたな。


 次の瞬間、目前に鬼の形相で襲い掛かってくるランバートの姿があった。



 飛び出しと同時に構えていた大剣を上段へと振り上げる。


 一瞬で障壁が展開されているであろう場所へと達し、その境界へと己の加速で更に増幅されたエネルギー全てを叩きつけるように踏み込んだ。



 ――リリリーーン。



 ランバートが踏み込んだその瞬間――



 ――高い鈴の音のような音と共にシンを護る障壁は跡形もなく砕け散った。

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