第8話 噛み合わない思惑

 ――雨は何とかするんで、戦争止めないですか?

 喉まで出かかっていた言葉をぐっと飲みこむ。


 それでは急な態度の変化に不審に思われてしまう。

 自分はまだ怒っているぞ。

 さっきみたいな失礼な態度を王様にとってしまうのも仕方ないくらい怒っているぞ。

 このスタンスを崩すわけにはいかなかった。


「俺とそちらの代表者とで決闘をして、お前たちが勝てば戦争でも何でも力を貸してやる。だが、負けた時は速やかに兵を引き上げろ」


 シンが向こうの世界で何百回とやってきた決闘方法。

 敗者は勝者に従う。

 被害も少なく、単純明快な解決策。


 改めて周りを見渡してみても、シンの脅威になり得るような気配は無い。

 これなら体よく戦争を止められるのではないか?


 ――武力解決も持ち掛けることで怒りをアピールして、その上で参戦回避出来る画期的な作戦!!

 自らの体裁を整える為だけに脳みそフル回転で考え出した脳筋作戦。

 長い魔族との生活の中で、その思考もかなり毒されていることに気付いていなかった。



 そして、途中からその考えに意識を集中するあまり、話のクライマックスであった王と騎士の感動の物語は一切耳に入ってきていなかったのである。




 その提案はロバリーハートの者たちには死刑宣告に聞こえた。


 シンが言い放ったのは、対話による平和的解決への完全な拒絶。


 今さら兵を引いたところで、待っているのは飢餓とファーディナント軍によって滅ぶ未来。

 かといって、この恐るべし力を持った魔王に一対一で勝つなどと想像もつかない。


 召喚術が失敗に終わった今現在で残された手段は、国内の全兵力を前線に導入し、玉砕覚悟でファーディナント領へ攻め込むことだけだったのだが、賭けの条件としてそれすらも封じられた。


 魔王は大人しく話を聞くフリをして、最もこちらが苦しむであろうことを言ってきたのだ。


 まさに、その名にふさわしい悪魔の如き所業。

 圧倒的な力だけではく、残酷に切れる知能を持っている。

 この魔王の恐ろしさを改めて思い知った一同であった。




 ――簡単には乗ってこないか。

 ――向こうにもいろいろ都合があるだろうし、一国の王が分の悪そうな賭けにほいほいと乗ってくる方がおかしいよな。


 なので――考えていた譲歩案を出す。


「そちらの勝利条件は、俺に一撃で良いから攻撃を入れるだけでいい。」


 ――これならどうだ?


 ロバリーハート王は苦しそうな表情でシンへ視線を向けるだけだった。


「ならば、俺は一歩も動かない。攻撃もそちらからで構わないし、それを避けることもしない。これでどうだ?」


 ――神様お願いします!これで乗ってきてください!雨も何とかします!ドラゴンとか出てきてもやっつけてあげますから!!

 前代未聞の魔王の神頼みである。




 ――この魔王はどこまで恐ろしいのだろうか……。


 ――我らの退路を断った上で、圧倒的な力を見せつけて悪魔の契約を結ばせ、絶望の底でもがき苦しむ我らの様を見て楽しむというのか……。


 ――会談に応じるフリをしたのも、我らに希望を与えてから突き落とすことで更なる苦しみを与えようとしたのか……。


 自分を犠牲にすることで少しでも交渉出来るかと愚かにも考えたことを悔いる。

 魔王と呼ばれるにはそれに足りえる理由があるのだ。

 その理由をここにいたり完全に理解した。


 しかし、この最悪ともいえる状況になることで、逆に僅かな希望の芽が生まれた。


 それは、先ほど考えた魔王を唯一斃たおし得る可能性のあるもの。


 動かない、躱さない――魔王はその障壁に絶対の自信があるのだろう。

 魔弓兵の攻撃を受けて無傷なのだから、その考えも頷ける。


 ――だが、それは……ただの驕りともとれないだろうか。

 こちらの戦力を完全に把握していないであろう状況での判断。

 絶対的強者であるという自信が生んだ――僅かな隙。


「――ランバートよ、頼めるか?」


 この隙を逃すわけにはいかない。


「陛下の御心のままに」



 ロバリーハート国将軍ランバート。

 王の命、民の命、そして――己が忠義の全てを賭けて再び魔王と対峙する。

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