第7話 重すぎる代償

 争いの理由が分かれば、その問題を解消することで停戦に持ち込むことが出来るかもしれない。

 この国の水不足は解決することが出来るが、その時に国が滅んでいては意味がない。

 何より、この世界に来てすぐに大勢の人間が死んでいくとか聞かされて――「じゃぁ、他の国に行きますね」なんて言えるわけない。


 だから、まずは戦争をどうにかしなければいけない。


 なので、シンにはその善悪を問うたつもりは微塵もなかった。


「……これは我が国の一方的な侵略戦争だ。国民を飢えさせぬ為とはいえ、そのこととは無関係のファーディナントへの出兵を決めた……その責任は全て国王である私にある」


 迷った末に正直に話すことにした。


 このことを気にしないような相手なら、今後世界にとって恐るべし脅威となるのは間違いなく、逆に怒りや憤りを感じるようであれば、それは彼に善悪に対して人間と同じような感情があるということだろう。


 もしそうなら、その怒りを自分に向けることで他の者は助かるのではないか?

 罪なき国民や、被害者であるファーディナント、ましてはこの世界全体へとその力が向けられることは無いのではないか?


 最悪、この場にいる兵士たちを巻き込んでしまうかもしれないとの思いが過ったが、今考え得る最善の選択をしたつもりだった。


「魔王シンよ。もし貴殿がそれを許せぬと思うならば、この命好きにするがいい」


「何をおっしゃいますか!!」


 ランバートがその言葉に反射的に反応する。


「構わぬ。我らは――我は大きな間違いを犯してしまったのだ。この国を護るためにと兵たちを死地へと送り、罪のないファーディナントの者の命を数多く奪った。いや、国を護るためというのも言い訳にすぎんな……。結局は我が無能な国王だったことで開戦派を押さえつけることが出来なかったことを誤魔化し、それを正当化する為のただの言い訳だ……」


「そんなことは……そんなことはございません……。王は……立派にその務めを……」


 胸の内に様々な感情が一気に込み上げて言葉を詰まらすランバート。

 他の兵たちも一様に顔を伏せて肩を震わせている。


「もし、僅かでも……この愚かな王のせいで苦境に陥ったこの国を哀れに思うのならば、その力を少しでも貸してもらえないだろうか……」


 魔王に対して深々と頭を下げる王に誰も言葉を発することが出来なかった。

 その場の誰もがその真意を理解して、自分たちの無力さに叫びだしそうな気持ちを抑えるのに必死だった。


「王よ……その時は我もご一緒いたします」


 ランバートは片膝をつき、王へとその忠誠を示す。


「我が命は元より王へと捧げております。王がおられますところが我の居場所。それが例え冥府の果てであろうと決して変わるものではございません!」


 この忠臣は愚かな自分の道ずれにして良いような存在ではない。

 武神と呼ばれるほどの武人たる彼は、常に揺るがぬ忠義をもって王の隣にあった。

その身を剣に、時には盾として王を護るその姿は、誰の目にも国の守護者として映っていた。


 そんなランバートと、彼の率いる親衛隊の存在が無ければ、当の昔にこの国はユーノス公爵の支配するものとなっており、王の首も挿げ替えられていただろう――物理的に。


「苦労をかけるな……」


 ならばこそ、その忠義に報いることが主としての最期の使命だろう。

 柔らかい笑みを忠義の騎士へと向けた。


 主従の今生の別れともいえるやり取りに、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてくる。


 その間、シンはただ静かにその様子を見ていた。


 ――ベットしたのは二人の命。


 ――対価はこの世界の平和。


 ――おおよそ釣り合わぬ賭け。


 だが、僅かでも――ほんの僅かでも。

 同じ人間だと言ったことが真実であれば――賭ける価値はある。


「どうか聞き入れてもらえないだろうか?」


 果たして――乗ってくるか。

 息をするのも忘れて返事を待つ一同。


 そんな緊張感がピークを迎えた頃――



「一つ、賭けをしよう」



 その言葉に、決死の覚悟で賭けたベットは全て差し戻された。

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