第6話 交錯する思惑
「貴殿を喚び出した目的だが……まずは我が国の現状から説明せねばならんな」
ロバリーハート王はシンの表情の変化に最大限の注意を払いながら話しだした。
まさしく絶体絶命の状況下において、魔王と奇跡的にも話し合いの機会を得ることが出来たのだ。
ここからは決して道筋を誤ってはならない。
会話に応じてきたということは、話の通らない問答無用の殺戮者ということではなさそうだが、自分たちのとった敵対行動に対して強い怒りを覚えているのは間違いない。
まずはその怒りを鎮めることから始めなければならない。
頭の中で慎重に言葉を選びながら続ける。
「このロバリーハートは現在、隣国であるファーディナント王国と交戦状態にある。互いに決め手を欠いた状態で、最前線の均衡状態はすでに一年に及ぶ。甚大な被害を出しながらも、それでもここまで耐えてきていたのだが……近々、間違いなくその均衡が崩れる」
シンの表情に変化はない。
「ここ数年、我が国は長期的な日照りによる干ばつに見舞われており、記録的な農作物の不作が続いている。これまでは国の備蓄を国民に分け与えてギリギリのところでやり過ごしてきたのだが、それも限界が近い。戦場に送る食料が尽きれば兵たちは飢え、戦いどころではなくなる。前線が破られれば、敵軍は雪崩のごとく我が国に攻め込んでくるだろう……そうなれば、我らはほとんど抵抗することも出来ないままに領土を蹂躙され、多くの国民が苦しむことになる」
「つまり、その戦争の戦力の為に喚び出したと?」
シンの言葉は予想していた中では望ましい部類の反応ではあったが、表情からはその感情までは読み取れない。理解を示そうとしているのか――はたまた更なる怒りを買ってしまったか。
――無理無理無理無理無理!!戦争とか絶対に無理!!
どちらでも無かった。
シンが考えていたのは、相手の理由如何に関わらず仕方ないという体で許すことで先ほどの恥ずかしい態度を誤魔化すことだった。
その上で向こうの望みを叶えて恩を売って、この世界で暮らす為の足掛かりが作れればと考えていた。
それが強大な魔物討伐であっても――仮に魔王と呼ばれる相手であっても。
――魔王vs魔王上等!!
数分前の記憶はすでに遥か彼方へと追いやられていた。
だがしかし、その目論見は完全に崩れ去った……。
勇者召喚的に喚んでおいて、理由が人間相手の戦争に駆り出される為だったとは思いもよらなかった。
「我々の身勝手さによって貴殿に取り返しのつかないほどの迷惑をかけてしまったことは重々承知している。その上で我々にその償いをさせる機会を与えてはもらえないだろうか?」
話を聞くに、どうやらこの国は亡国の危機にあるようだ。
自分に何とか出来るのであれば、これほど恩を売れる機会はそうそう無いだろう。
だが、戦場で人間相手に暴れる気は毛頭ない。
――絶対に戦争に参加せずにこの国を救って、貸しを作って生活の基盤を作る為には……
本来なら無理やり隷属させて戦場に放り込もうとする相手の言うことを鵜吞みにして助けようなどと考えるのはおかしいのだが、謝罪する側と受ける側の思惑のベクトルが全く違うのだから仕方がない。
「この戦争の起こった理由は?」
ロバリーハート王はシンの言葉にびくりと肩を震わす。
戦端を開いたのはロバリーハート側。
終わりの見えぬ干ばつに対して、比較的豊かな隣国であるファーディナントへと進軍したのだ。
王を中心に友好国へと支援を求めて今を耐え忍ぶべきと主張する保守派と、かねてより領土拡大を謳っていた先代の王弟ユーノス公爵率いる開戦派。
ユーノス公爵は国民たちの困窮に苦しむ様を涙ながらに語り、それを知りながらも何の対策も取らない王の姿勢を激しく批判した。
そして、先祖から続く因縁あるファーディナントを今こそ打ち滅ぼし、ロバリーハートの栄光ある未来を切り開く時だと声高に主張したのだった。
それぞれの派閥に属する貴族たちの意見は完全に対立し、王宮で連日繰り広げられる会議では互いの怒号が飛び交い、それでも結論の出ない日々は王都全体に不穏な影を落としていた。
結果、軍部への影響力を持つ多くの貴族たちの支持を得た開戦派に半ば強引に押し切られる形でファーディナントへの出兵は決定された。
現状の打開策が無い状況で内乱が起こってしまえばそれこそ国が亡ぶ。
王は自らの不甲斐なさを恨み、苦渋の判断をすることとなった。
――本来なら正直に答えるべきだが……しかし……。
戦争の原因は全て我が国にある――この魔王にあるのかどうか分からない慈悲の感情に訴えかけようとしている今、正直に全てを伝えるのは悪手としか思えなかった。
しかし、嘘を言って凌いだところで、早々に露見することは目に見えている……。
会談序盤にして、出兵を決めた時よりも遥かに難しい判断に迫られた。
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