第5話 不機嫌な魔王様

「どういうつもりだ?」

 問答無用に攻撃を受けて、砂塵さじんと共に敬語も吹き飛んだ。


 ――まぁ、怪我はしてない。でも、怪我しなきゃ何しても良いわけじゃないよな?


 ――悪口とかもそうだ。怪我はしなくても心は傷つく。それだって立派な暴力だろう?


 ――じゃぁ、真摯に謝ってるのに突然攻撃されて俺の心は傷ついたんだから、これだって暴力を受けたって言ってもいい部類に入ると思うけどな。


 道徳的な例えを出すまでもなく、物理的な攻撃なので立派な暴力である。

 本来なら心ごと肉体が爆散するレベルの立派な暴力である。


 シンは不機嫌な気持ちを隠すことなく顔に浮かべ、ゆっくりとランバートと責任者であるロバリーハート王の方へと歩き出した。


 今度は誰に止められることなく歩いていく。

 もちろん矢も飛んでこない。

 そんなことは無駄だと誰もが感じていた。

 魔王をたおすどころか――この場から生きて帰ることも不可能なのだと。

 一度は命を賭けてまで戦う覚悟を決めていた兵士たちだが、犬死しか見えない絶望的な未来に戦意は完全に喪失していた。


「ま、まて!」


 声の主はロバリーハート王。

 五メートルほどの距離までシンが近づいた時に、ランバートの脇から前へ出てくる。


「危険です!お下がりください!!」


 止めるランバートを目で制し、シンの正面に立つ。


「我はこのロバリーハート王国の国王、ダミスター=ロバリーハートだ」


「それはさっき聞いた」


 シンはぶっきらぼうに返す。


「異世界の魔王シンよ、貴殿の目的は何だ?この世界か?もしくは元の世界への帰還か?もし我々と対話する気があるのなら、同じ王として会談の機会を得ることは出来ぬだろうか?内容次第では我々として出来る限りの協力をすることを約束しよう」

 心の奥に恐怖を無理やり押し込め、可能な限り『同格の王』としての立場を保とうとした。


 魔弓兵の攻撃は通じず、親衛隊のほとんどは戦意喪失状態。


 この魔王を僅かにでも斃し得ることの出来る可能性は一つだけ思い浮かぶが、すでにそのような舞台を整えることは不可能だろう。

 武力という選択肢が潰されたならば、残されたのは会話をもって懐柔の糸口を探すしかない。

 それしか、今この場を生き延びる術はない。


 幸いにも言葉は通じるようではあるし、先ほどから会話には反応している。

 相手に生殺与奪を握られている状況で交渉を持ち掛けるなど都合の良い話ではあるが、他に取れる手段が無い以上、この一縷の望みに賭けるしかなかった。


「目的?自分たちで勝手に喚んでおいて――何が目的だ?武器を向け、一方的に攻撃した上で話す気があるかだと?ふざけてるのか?」


 シンの眉間に不機嫌な皺が入る。

 向こうの世界での生活が長かった為、敬語以外はどうにも慇懃な口調になってしまう。


「そ、それについては心から謝罪する。こちらの都合で異世界より喚び出してしまったこと、その貴殿に対して危害を加えようとしたこと、全ての過失はこちらにある。本当に申し訳ない。だが、我らにはどうしても力ある者の協力が必要だったのだ……どうか話を聞いてもらえないだろうか?」


 シンにはこの世界をどうこうする気は無かった。

 当然、彼らに危害を加えるつもりも毛頭ない。

 むしろ、人間に久しぶりに会えたことで、喚び出されたことに多少の喜びを感じていたほどだ。

 が、あまりの理不尽な対応に腹が立った結果、王様に凄み寄るというなかなかに無礼な現状を生み出した。


 しかし、ロバリーハート王が簡単に謝罪したことで毒気を一気に抜かれ冷静さを取り戻す。

 

 ――こちらも言い過ぎました。ごめんなさい。


 周囲の怯え方からも、急にそんなノリで返せるはずもなく……。

 自分の大人げない態度に恥ずかしさがこみ上げる。


「――喚び出された目的を聞かせてもらおう。この後どうするかは、その内容とそちらの態度次第で決めさせてもらう」


 ――話を聞きながら、徐々に打ち解けて和解に持ち込もう。


 ――王様と仲良くなったら、さっきの大人げない行動とか忘れてくれるよな?


 ――そしたら、後から思い出して恥ずかしさで死にたくなるような気持ちにならないよな?




 王と魔王の、人類の存亡と己の羞恥心を賭けた世紀の会談が始まった。




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