第4話

虫や害獣が集まってくるため、何度も手で払い除けつつまずは他の刑事たちが辺り周辺を散策し出す。

犯人が何か痕跡を残していないかと、遺体がある広場の周りを徹底的に洗い出す。


二人も、そんな中、遺体を遠目で見て首を傾げる。

「アメリアくん、おかしいと思わないかい」

「ええ、さすがオリバー警部」

珍しく、アメリアが即答で肯定する。

その返答に、オリバーは興奮しながら悔い気味に話す。

「だろう!?そうだろう!優秀なのだよ、私は!」

もうかれこれ5年以上の付き合いだ。この急なテンションの変わり具合には慣れたものだ。

興奮気味な彼に驚きもせず、アメリアは尋ねる。

「では優秀なオリバー警部。なぜコートは血みどろではないのですか」

そう、これだけ血が滴り、顔の皮を剥がされているというのに、彼女だったものが着ている服にはほぼ全くと言っていいほど血がついていない。

新品そのもののように見えるのだ。

「そ、それは、だなぁ……。えぇっと……」

違和感に気がついたものの、"なぜ"と聞かれると答えるのが難しい。

うーんうーんと口に出しながら頭を悩ませた結果、一つの答えが導き出された。

「あぁ!そうだ!後から着せたのだ!」

アメリアがぴくりと体を震わせる。そして怪訝な表情をこちらへと向けるのだ。

「切断した後、わざわざ?なぜ」

「コートが……大事だった……?」

後から着せたと言ってみたものの、理由がわからない。

犯人から彼女へ送った大事なコートだったのか。

それとも何か別の思い入れがあったものなのか。

様々な考えを張り巡らせてみたものの、他に何も思い浮かばない。倒れた遺体の顔を隠したり、布団のように見立てるためにコートを身体や顔にかけることはあるが、このような刺さった遺体にわざわざコートをかける意味とは……。

また、頭を悩ませていると、アメリアが小さく溜息をつく。

「……。オリバー警部。警部は芸術はお好きでしょうか」

アメリアの突然の質問に、額に寄せていた眉間の皺を一気に解放する。

「突然なんだね、アメリアくん。美術展へのデートのお誘いかい?」

「この遺体を見た時、既視感があったんです」

「真顔でスルーするのはやめてくれたまえ……」

オリバーの方も見ず、遺体を見ながら彼女は続ける。

「『泣く女』」

「……『泣く女』?」

「ピカソの作品です。有名な『ゲルニカ』の完成直後にできた作品と言われています」

「それが?」

そこまで言われてもピンと来なかった。

ピカソの名言は何個が知っているが、作品なんて『ゲルニカ』と『浜辺を駆ける二人の女』くらいのものだ。

どんな絵画だっただろうか。

そう思い返している間に、アメリアは決定的な言葉を口にした。

「その絵画のモデルの名前は、『ドラ・マール』なんです」

「……!?今回の被害者と全く同じ名前じゃないか!」

そう。今回の被害者もドラ・マール。

「黒のコート、青い花のコサージュを付けた赤いハット。全て『泣く女』そのものなんです」

その話を元に、一つの考察が思い浮かぶ。

「……犯人は、絵画をモチーフに殺人を行った……?」

「考えたくもありませんね。そんな猟奇殺人は」

「この時、犯人は猟奇殺人とは思っていないことが多いのだよ」

そう、これは、猟奇殺人ではない可能性が高い。

「と、申しますと」

単純なる……

「芸術の一種だと思っているのだよ。彼らにとっては犯罪じゃない。そういう相手を何度も見てきた」

そう、こういう仕事をしていると、多くの遺体を見てきた。

多くの犯人と多くの被害者遺族を見てきた。

一般的な私怨による殺人の場合は、犯人は怒りで興奮しているか、その時の思いつきで殺してしまい後悔しているものがほとんどだった。


ただ、一部、当てはまらない犯人がいる。

それは、殺人という行為に罪悪感を抱いていない場合だ。

犯人と被害者には何の共通点がない。だから、なかなか事件が解決しない。

また、こういう犯人は総じて証拠を残していかないのだ。

「おかしな話です」

「これで味を占めないといいのだが」

アメリアは俯きながら呟く。

「被害者に特に恨みなどない、ただの芸術だと考えるなら」

「……ピカソの作品を洗おう。もしかしたらまた、同じ名前の被害者が出るかもしれない」

「承知しました」

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