第3話
毛玉だらけのベッドの上に無造作に寝転がっている青年に、女性は声をかける。
「ノア様」
「ん、あぁ」
返事はするが、寝返りをうつだけ。本人は実際は起きているのだろうが、布団から出たくない、が本音であろう。
いつものことだと、わかっていても、ため息をつきながら女性は再度声をかける。
「ノア様、起きてください」
最初より少し強い圧を感じたのだろうか、ノアと呼ばれた青年は顔は観念したように身体を起こしつつ、「わかったわかった。今起きるよソフィア」と布団から身体を起こした。
ベッドの周りに無造作に散らばった紙を見て、ソフィアはため息をつく。
「また徹夜して描いてたんですか」
紙の一枚一枚には、女性の横顔や男性の体のパーツ、景色や動植物など様々なものが描かれている。
どの作品も色付けはされておらず、鉛筆のみで描かれているデッサンだ。
「仕方ないだろう、絵が私を求めていたんだ」
近くにあったリンゴのデッサンの紙を拾いながら、ノアはニヤニヤと笑う。
「左様ですか」
あたかも興味がないように、ソフィアは散らばっていた紙類を全て拾い上げ、周りを整理していく。
紙類を拾い上げれば出てくるのは、着古して脱ぎ捨てた洋服たち。
それと、食べかけであろうフルーツのカスや消しゴムのカスだった。
「ふふ、君の塩対応も楽しくなってきてしまったなぁ」
無精髭を撫で回しながら、ニヤニヤとソフィアを見つめる。
きている服もボロボロで、髪の毛はボサボサ。部屋と同じほど身なりにも気を使わない男性だ。
少しニヤニヤした顔に警戒したのか、ソフィアはノアに「変な性癖身につけないでくださいね?」と少し睨みつける。
その警戒が伝わったのか、両手をあげ、笑いながら軽く俯く。
「はいはい、わかっているよ」
その後、ふと、真面目な顔になってノアは尋ねる。
「……なあ、ソフィア」
「なんですか?」
部屋の片付けをしながら、彼女は応答する。
彼は立ち上がり、洗面所に向かって、顔を洗い、髭を剃刀で整えながら尋ねる。
「私の新作はどうだっただろうか」
「あの彫刻ですか。悪い出来ではなかったと思いますよ」
彼は泡だらけの顔をソフィアに向けてにこやかな笑顔を向ける。
泡が飛び散る。あぁ、また、掃除する場所が増えたとソフィアは溜息をついた。
「そうか!それはよかった。今まで彫刻に手を出したことはなかったから、君にそう言ってもらえると心強いよ」
朝の機嫌の悪さはどこへやら、彼はニコニコと顔の泡を落とし始める。
バシャバシャと水も飛び散る。
まあ、いつものことだ。ノアの不衛生さは。
「ただ」彼女は続ける。「ゴミが出すぎます」
彼はぴたりと動きを止めた。
どうやら顔の泡は全て落ち切ったようだが、顔自体は水浸しのまま俯いている。
「……すまない。枠の外に表現されていないものがわからないんだ」
ソフィアは洗濯されたタオルを持っていきながら、ノアの傍に寄り、顔を拭く。
そして、ノアの顔をじっと見つめ、伝えたのだ。
「ノア様、ご自身をもっと信じてください。あなたの表現力は世界をも唸らせるものです。自信をお持ちください」
その言葉に、ノアは安堵の表情を浮かべ、ソフィアに抱きつく。
「……あぁ、ソフィア。ありがとう、ソフィア」
ソフィアは抱きつかれたことに何も反応せず、ただ静かに問う。
「では、次は何を作りましょうか」
決まっている。次の題材は……
「……ギターを用意してくれないか」
待ってましたと言わんばかりに、ソフィアはニヤリと笑みを浮かべた。
彼女はわかっているのだ。次に彼が生み出したいものが。
「かしこまりました」
散らばっていた紙の中には、何枚ものギターのデッサンがあったのだから。
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