東端の街道での道連れ
カウンの町に着いたユウとトリスタンは3日間休んだ。揺れない地面を踏みしめる感覚を思い出し、心身共に疲れを癒やす。
この間、2人は酒場を利用したり市場を巡ったりしたが、事前に聞いた通り銅貨単位ですべての取り引きが行われていた。全体的に割高な感じがするが、旅人用の水袋と干し肉だけは安い。これは意外だった。
また、市場を巡ったときにユウたちは古着屋を何軒か巡っている。東端地方にどのくらい滞在するかは不明だが、長居するとなると冬物の衣類が必要になるからだ。衣服は高価だが凍死は避けねばならないし、金銭的な余裕がある今なら充分に手が届く。すぐには買わなくとも下調べだけはしっかりとやった。
こうしてイーペニンの町へと出発する当時は準備万端で迎える。徐々に遅くなる日の出と共に目覚め、二の刻の鐘が鳴ってしばらくしてから安宿を出た。東に伸びる東端の街道を歩いて防壁の門を通り抜けると地平線まで続く平原が目に入る。
「あれ? 人がいない?」
「何を言っているんだ。少ないけれど荷馬車は原っぱに停まっているだろう」
「いやそっちじゃなくて、旅人や行商人なんかの歩く人たちだよ」
相棒の言う通り、街道近くの原っぱに荷馬車が何台か停車していた。しかし、いつも見慣れた徒歩の集団が見当たらない。今までの常識だと日の出の後で二の刻を過ぎているこの時間帯ならば動き出す荷馬車を待ち構えているものだ。
怪訝な表情で尚も周囲を眺めていると、2人の目の前で4台の荷馬車が街道を東に進み始めた。その集団は徐々に遠ざかって行くが歩いてついて行く者は1人もいない。
今までにない光景にユウとトリスタンは動揺した。徒歩でイーペニンの町に向かうことは考えていたが、それは徒歩の集団に
困惑したままのトリスタンがユウに話しかける。
「どうする?」
「こうなったら、荷馬車を持つ商売人と話をするしかないかな」
「話って言ったって、冒険者ギルドの話だと護衛は地元の冒険者しか引き受けられなかっただろう。何を話すつもりなんだ?」
「同行の断りを入れるんだ」
相棒の疑問に答えたユウは歩き出した。少し離れた場所に1台だけぽつんと停車している荷馬車に近づいて行く。
その荷馬車の御者台には無骨な顔をした中年男が座っていた。痩せた体に商売人風の服を着ている。その他には誰もいない。
御者台に近づいたユウは中年男に声をかける。
「おはようございます。ちょっとお話しても良いですか?」
「誰だおめぇ?」
「冒険者のユウです。こちらは僕の仲間のトリスタンです。数日前にこの東端地方にやって来て、今からイーペニンの町に行こうとしているんです」
「護衛の依頼っつんならダメだぞ。もうすぐ2人来るからな」
「地元の冒険者でないとイーペニンの町行きの仕事は引き受けられないとは冒険者ギルドで聞きました。でもそうではなくて、同行する断りと一言入れておきたいんです」
「同行の断りだ?」
「はい、東端地方以外ですと荷馬車の後に旅人や行商人が歩いてついて行くことが多いんですけれど、それと同じことをさせてもらおうと思うんです」
「あの徒歩の集団とかいうやつか。こっちだと見かけねぇが、その話は聞いたことがある。他の地方だと毎回断りなんて入れてるのか?」
「いえ、習慣になっているんで無断でやっています。でも、ここじゃどうなのかわからないし、僕たちしか歩く人がいなさそうだったんで話しかけたんです」
「なるほどなぁ。そういうことなら構わんぞ。もうすぐ護衛の冒険者が2人来るんだが、あいつらは荷台の後ろにいつも乗るんだ。だから話し相手にでもなってくれ」
あっさりと話がまとまったことにユウは胸をなで下ろした。真後ろを歩いても怒られないのであれば安心して旅ができる。
御者台に乗っている中年男はアガフォンと名乗った。カウンの町からイーペニンの町に食料を運ぶ商売人である。
普段話し相手が少ないのか、アガフォンはユウとトリスタンの2人と世間話をしたがった。待っている間はやることもないのでどちらも応じる。この間に2人は東端地方以外での荷馬車と徒歩の集団の関係について説明した。通常は徒歩の集団が荷馬車の後ろを歩くだけでお互いに干渉せず、盗賊や獣に襲われても関知しないとも話す。
驚いたアガフォンは絶句した。しばらくするとユウに尋ねかける。
「そりゃまた随分と冷たい関係だな。世間話もしないのか?」
「はい。徒歩の集団は荷馬車の護衛にただ乗りしかねないので、荷馬車側からは嫌われているんです」
「そいうことか。だったら、お前さんのような冒険者相手だったらどうなるんだ?」
「基本的には態度は変わらないですよ。荷馬車の商売人は護衛を雇っていますから。でも、たまに当てが外れて僕たちを頼ってくることはありました。そいうときはその場で交渉して契約が成立したら仕事として引き受けます」
「なんつーか、すごい世界だなぁ」
実際の状態を聞いたアガフォンは呆れの混じった声を漏らした。しかし、すぐに表情を改めてユウに疑問をぶつける。
「だったらおめぇ、今回はどうするんだ?」
「荷馬車の後ろを歩いても良いという許可を得たんでその通りにしますよ。ただ、護衛の仕事は引き受けていないんでそこは」
「あー、そうだよなぁ。これが行商人とかだったら護衛のただ乗りになるんだろうが、あんたら冒険者だもんな。だったら、こっちが困ったときに護衛の依頼を急に出したら引き受けてくれるか?」
「条件が真っ当でしたら引き受けますよ」
「そうか! だったらいいか。そんときは頼むわ」
懸念事項が解消したらしいアガフォンが笑顔を浮かべた。態度が更に親しみやすくなる。
そのとき、防壁の門から2人の冒険者が近づいて来た。どちらも槍を持っている。
「ボグダン、ヴァレリー、遅いぞ!」
「すまねぇ、昨日飲み過ぎちまったんだ」
「だからやめとこうって言っただろう」
「うるせぇ、おめぇだって結局一緒に飲んだじゃねぇか、ヴァレリー」
「あーあー悪かったって。で、アガフォン、この2人は誰なんだ?」
「お前らと同じ冒険者のユウとトリスタンだ。イーペニンの町まで歩いて行くんだと。ワシの荷馬車の後ろについて来るそうだから、追い払うんじゃねぇぞ」
雇い主から話を聞いた地元の冒険者2人からユウとトリスタンは顔を向けられた。会話の内容からくすんだ金髪で長身の男がボグダン、茶髪で細身の男がヴァレリーだとわかる。
4人で自己紹介を済ませると、ユウはボグダンとヴァレリーが荷馬車の後ろに乗り込むのを見た。そういえば、最近は荷馬車の護衛をしていないことを思い出す。
「よぉし、2人とも乗ったな! 行くぞ!」
かけ声と共にアガフォンが馬に鞭を入れた。直後に馬がゆっくりと動き出して荷馬車を牽く。大きく揺れながら朝の原っぱの中を進んだ。
ユウとトリスタンはその荷馬車の後をついて行く。荷馬車の速度は徒歩と変わらないので遅れることはない。
荷台に乗っているボグダンとヴァレリーはそんなユウたちを興味深そうに眺めていた。2人のうちボグダンが面白そうに声を上げる。
「本当について来るんだな」
「イーペニンの町に行くんですから、ついて行きますよ」
「でもなんであの町に行くんだ? 船に乗るのならカウンの町でもいいだろうに」
「東の果てがどこなのか知りたくて、今までずっと東へと旅をしてきたんです。それで、イーペニンの町がその果てだと聞いたから行くんですよ」
理由を聞いたボグダンとヴァレリーは顔を見合わせた。わからないといった表情を浮かべている。同時に首をひねった。
今度はヴァレリーがユウに尋ねかける。
「なんでそこまでして東の果てを知りたいんだ?」
「小さい頃におばあちゃんから聞いた話を覚えていたのと、後は、僕が西の果て出身なんで反対側はどうなっているのかなと思ったんです」
「そんな理由でわざわざここまで来たのか」
「ええ」
残念な奴を見るような目を2人から向けられて肩を落とした。そういえば、この理由を話して今まで肯定的な反応はあまり返ってこなかったことに気付く。
隣を歩くトリスタンは声を出さずに腹を抱えていた。ユウに遠慮して静かにしているのかもしれないが、当人からすると嬉しくもない配慮だ。
これをきっかけに4人は話を始めた。約1名は面白くなさそうだが、他の3人が笑顔で慰める。立ち直るまでに少し時間がかかった。
しかし、このおかげでボグダンとヴァレリーは親しく接してくれるようになる。東端の街道について色々と教えてくれた。
徒歩の2人は荷馬車と共に朝日に向かって進む。その足取りは軽かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます