大陸の東端地方

 モーテリア大陸の東部辺境より東側は実際には大陸の北東部に位置しているため、奥へ進むほど気候が寒冷化してくる。それが最も東側の東端地方となると大陸北部とそう変わらない。


 9月も後半になるとこの地方の残暑の面影はほとんど消えかかっていた。吹き付ける風は先月に比べて気持ち肌寒いくらいである。


 ビウィーンの町から1ヵ月近くかけて航海した『黄金の梟』号はカウンの町に入港した。分断の川の河口に築かれたこの町は東端地方で最も南にある港町であり、大陸東部の海洋国家からやって来る船が寄る玄関口でもある。


 船上で作業をしながらユウとトリスタンはカウンの町へとちらちら目を向けていた。港の石畳や町の城壁は他の東部の町と変わりない。一見するとどこにでもある地方の町だ。


 航海中に船員から聞いたカウンの町の様子を頭に思い浮かべたユウは興味が湧いたが、他の船員に呼ばれて一旦それを脳内から消した。作業は今日いっぱい続くのだ。


 翌朝、ユウとトリスタンの『黄金の梟』号での仕事は終わった。三の刻の鐘が鳴るとすっかり慣れた船員室から出て倉庫へと向かい、武具を身に付けて背嚢はいのうを背負う。これで船員補助から冒険者に完全に戻った。


 2人は揃って甲板に出る。そこで船長のヴィンセンテと会った。ユウから声をかける。


「船長、お世話になりました」


「2人ともよくやってくれた。こちらも助かったぞ。これが今回の報酬だ」


「確かに受け取りました。それにしても、まだ9月なのにもう涼しいですね」


「大陸でも北の方だからな。すぐに寒くなるから気を付けるんだぞ」


「ありがとうございます。それでは」


 一礼するとユウは桟橋へと下りた。続くトリスタンと共に港から倉庫街へと入り、そこから町の外周に連なる市場や歓楽街へと向かおうとする。


 ここで他の町とは違う風景が目に入った。通常、町の外に広がる貧民街などは無防備だが、このカウンの町では土塁と木製の柵と堀に囲われているのだ。


 話に聞いていた備えを見たユウとトリスタンは興味深そうに防壁を眺める。


「トリスタン、蛮族の襲撃ってそれだけたくさんあるのかな?」


「どうだろう。1回襲撃されたくらいじゃ、こんな立派な防壁は作らないだろうしなぁ」


 いつまでも防壁を眺めているわけにもいかないので2人は門を潜った。こちらは町の門とは違って検問はなく、また入場料を取られることもない。門は純粋に外敵から中を守るためだけに存在しているようだ。


 防壁の内側は他の町とそう変わらないようで、宿屋街、歓楽街、市場、そして貧民街が広がっている。活気も規模に応じたものだ。


 自分の知っている風景であることに安心したユウはまず冒険者ギルド城外支所を探した。事前に知識は仕入れていたが、改めて現地で確認しておきたかったのだ。


 道行く人に場所を教えてもらったユウはトリスタンと共に城外支所を見つけた。石造りの建物はしっかりとしているように見えるが大きさは小さい。しかし、室内の造りは他の町とそう変わりなかった。目立つ場所に受付カウンターがあり、職員が3人並んでいる。


 三の刻の鐘が鳴ってからまだそう経っていないせいか、冒険者の数は多かった。受付係の前にはいずれも列ができている。


 少し迷ったユウは左端の列に並んだ。並んでいる人の数は最も多い。その判断に訝しげな表情を浮かべたトリスタンから尋ねられる。


「ユウ、どうして一番短い列に並ばないんだ?」


「僕たち、これから色々と質問することになるから長時間話すことになるでしょ。だから、早く手続きの終わる受付係を独り占めすると他の冒険者から良い顔をされないと思ったからね」


「なるほど。俺たちは別に急いでいるわけじゃないもんな」


 理由を知ったトリスタンは大きくうなずいた。


 腰を据えて待つことにしたユウたちは雑談を始める。この後少し休む予定なので何をするのか話し合った。


 かなり待たされた2人はようやく受付カウンターの前に立つことができた。すると、若い受付係が声をかけてくる。


「はーい、次の人どうぞ」


「僕たち、昨日このカウンの町に船でやって来たんです。事前にいくらか東端地方については調べてきたんですけれども、こっちでも教えてもらえますか?」


「他の場所から来たばかりなんだな。遠いところからようこそ。それで、この地方の何を知りたいんだ?」


 より具体的な要望を問われたユウはひとつずつ伝えて若い受付係から説明を聞いた。


 東部辺境よりも東に位置して海路でないと入れず、大陸北部並の気候なので冬の期間が長いなど、既に教えてもらって知っていることから尋ねて情報が正しいか確認してゆく。東端連合が蛮族の脅威に対抗するため寄り集まった自治領の集合体で、貧民街を防壁で守らないといけないほど危険なのもその通りだと知った。東端地方を結ぶ街道はほぼ全域が蛮族の襲撃を受けることもである。


「他にも、この辺りの冬の海は荒れ気味だから、やって来る船の数は減っちまうんだ。他の場所に移る場合は早めに移動することをお勧めするよ」


「教えてくれてありがとうございます」


「ああそれと、毎年12月頃から雪が降るんで注意してくれ。この地方に来るヤツで雪を知らないのがたまにいるんで毎回言って回っているんだが」


「僕は一応知っています。山の上に積もっているあの白いのですよね?」


「俺は聞いたことがあるだけだな。見たことはない」


「だったら、ぜひとも注意してくれよ。雪が降るほどの寒さも一緒にその恐ろしさを説明してやる。毎年冬の寒さと雪を見くびって死ぬヤツがいるもんでな」


 蛮族以外にも物騒なことはあると伝えてきた若い受付係にユウとトリスタンは冬の恐ろしさを説明された。大陸東部より南の地方の冬よりもはるかに寒く、凍傷にかかって手足を切断する羽目になることや、吹雪で周りがまったく見えず、見知った場所で遭難して死んでしまうことなどを熱心に聞かされる。


 さすがにこれだけ聞かされると2人も2人も真顔になった。いくつもの具体例を示されると無視することはできない。


「こんな感じだ。だから、この地方で冬を過ごすときは普段でも注意してくれ。11月には本格的に寒くなるから、来月中には防寒対策はしておいてくのが賢いぞ」


「わかりました」


「俺たちの知っている冬とは全然違うな。さすが辺境の更に奥の地方だ」


「はは、大陸の北部もこんな感じらしいから、この地方特有ってわけじゃないんだぜ?」


「な、なるほど」


 田舎を強調する発言をしてしまったトリスタンは追加で説明をしてくれた若い受付係に少しだけ気圧された。思わず隣のユウへと目を向ける。


 そんな相棒を見ながらユウは東端地方についておおよそ必要なことは聞いたと考えた。そのため、いよいよ本題に入ろうとする。


「東端地方の説明をしてもらってありがとうございます。次に、ここから東へ向かう方法を教えてもらいたいです」


「東? イーペニンの町に用があるのか?」


「そういうわけではなくて、東の果てに行ってみたいと思っているんですよ」


「なんだそりゃ。まぁでも、ここで東の端となるとイーペニンの町になるな」


「そこから更に東へ行く方法はありますか?」


「いや。その更に東はもう海だけだ」


「ということは、イーペニンの町が東の果てになるんですね?」


「そうなるかな。でも、特別なものなんてないぞ。イーペニンは船舶の補給拠点っていう以外は普通の港町だからな」


「別にそれは良いんですよ。東の果てだったら」


「やけにこだわるな」


 苦笑いしつつも若い受付係はイーペニンの町について教えてくれた。


 それによると、モーテリア大陸の最東部にあり、東端地方で唯一蛮族の襲撃を受けない町でもあるという。船舶の補給拠点という以外にはこれといった大きな特徴はなく、割合静かな町ということだ。


 また、カウンの町からイーペニンの町にも東端の街道が伸びているが、唯一街道のこの地域だけは蛮族の襲撃がない。森から離れているからと人々は推測しているが、本当の理由は不明である。


 そうなると気になるのが荷馬車関連の仕事だが、東端地方では冒険者でも護衛の仕事ができるということだった。理由は人手不足だからである。


「そうなんですか。それは良い話ですね」


「まぁな。ただし、イーペニンの町とこの町を往来する荷馬車からの依頼はないと思ってくれ。地元の冒険者が担当してるんでな、新顔には回せないんだ」


「ああ、そうなんですか」


 一瞬喜んだユウだったが、若い受付係の追加情報を聞いて落胆した。なかなかうまくいかない。隣に立つトリスタンも残念そうな表情を浮かべていた。


 とりあえず聞きたいことは聞けたのでユウとトリスタンはその場を離れる。今後どうするかは2人だけで話し合った。

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