乗り合わせた者たち
東端地方行きの輸送船『黄金の梟』号の出港準備は夜明け前から始まっていた。船員は船の各持ち場で忙しく動く。
前日から船に乗り込んでいたユウとトリスタンは船員たちと一緒に働いていた。船員補助なので他の船員に従って作業をしている。主に力仕事担当だ。そんなユウたちは割と船員から気に入られている。前に船の仕事をしていてやるべき事を理解しているからだ。
そんなユウたちの他に実はもう1組船員補助の冒険者が船に乗り込んでいた。カーティスとグレンの2人組である。
船長であるヴィンセンテの紹介で同業者と挨拶をしたユウは2人からなんとなく嫌な感じを受けていた。これはトリスタンも同じだったようで、2人だけになったときに意見を交わして確認している。
「トリスタン、あのカーティスっていう人から嫌な感じがしない? なんとなくいやらしいっていうか」
「ねちっこそうではあるよな。積極的に会いたくなるような人物じゃないのは確かだ」
「だよね。一緒に仕事をすることはあんまりないのが救いかなぁ」
「もう1人のグレンってのは暗い感じだな。それだけならいいんだが」
本当なら同じ冒険者として色々と意見を交換したいとユウは思っていたが、第一印象が良くなかったので今のところ挨拶くらいしか交わしていなかった。これから約1ヵ月半を同じ船で過ごすだけに頭が痛いところだ。
仕事とは直接関係のないところで問題を抱えつつも、ユウたちは早朝から船のあちこちで作業をしていた。大抵が知っている作業だが慣れていないこともたまにある。そういうときは注意を受けながらも指示を仰いでひとつずつこなしていった。
いつの間にか太陽が姿を現し、二の刻の鐘が鳴る。この頃になると朝食が支給された。手の空いている船員から順番に食事を取りに来る。内容は前の船と変わらない。切り分けた肉と決まった枚数のビスケット、それに一定量のワインだ。これを食事用の袋と水袋に入れてもらう。
ちなみに、ユウとトリスタンは乗船前に食事用の袋を買っていた。かつて初めての航海で借りた袋から怪しい臭いが鼻を突いたことを覚えていたのである。あの悲劇を繰り返さないためにも、次の乗船時は絶対に手に入れると心に誓っていたのだ。
こうして作業が一段落したユウたちは安心して食事を味わえた。塩辛すぎる肉に硬すぎるビスケットをワインで柔らかくして飲み込む。久しぶりの感触に船に戻って来たという感じがした。
尚、いくらか離れた場所で同業者のカーティスとグレンが思いきり顔をしかめながら食事をしているのをユウは目撃する。何を言っているのかまではわからなかったが、その気持ちはある程度理解できた。
食事を終えたユウとトリスタンは作業を再開した。今は甲板の上をあちこち回っている。ふと船外を見ると出港する船が目に入った。『黄金の梟』号もそろそろ準備が終わりそうなので、もうすぐあの船と同じように動き出すだろう。
別の作業をしていたときにユウは桟橋と船体を繋ぐ板はまだ架けられたままなのに気付いた。積み荷の積み込みは前日までに終わっているので外部とのやり取りは基本的にない。しかし、出港直前まで
そうしていよいよ出港のための準備が終わると、船長のヴィンセンテから冒険者たちに
もちろんユウも同じだ。船尾にいたので小走りに進もうとする。ところが、桟橋から船に乗り込んでくる人物を見て立ち止まった。視線の先には例の行商人がいたからである。
「ダンカン?」
「あれ? もしかしてユウですか?」
驚いたのはユウだけではなかった。ダンカンの方も目を見開いて固まっている。
更によく見るとダンカンは左腕に包帯を巻いていることにユウは気付いた。別れたときは無傷だったので町で負傷したことになる。
「その傷はどうしたんですか?」
「お恥ずかしい話なんですが、実は商売でちょいとへまをしましてね。それでいざこざに巻き込まれてこんなことになったんですよ」
「商売で殺傷沙汰なんて、一体何をしたんです?」
「はは、それはちょっとご勘弁を。本当に恥ずかしい話なんで」
「でもそれが、どうしてこの船に乗り込むことに繋がるんです?」
「ちょっとこの町にいづらくなりましてね、それであっしも東端地方に行って心機一転やり直そうかなと思ったんです」
恥ずかしそうに話すダンカンを見てユウは曖昧にうなずいた。少し怪しいところがあると思っているのでその内容をそのままは受け取れないが、今は真偽のほどを確かめる方法がない。
「ユウ、早く
「え? あ、はい!」
船長のヴィンセンテから声をかけられたユウは自分の仕事を思い出した。慌てて船首の方へと向かう。
その間に桟橋の
碇が上がりきって車地が動かなくなった。それを確認した船員が船長へと報告する。
周囲から次々と作業終了の報告を聞いたヴィンセンテが黙ってうなずいた。出港の号令を船員にかけると帆がいっぱいに広げられる。
港に停泊していた『黄金の梟』号がゆっくりと桟橋から離れ始めた。徐々にスチュアの町から遠ざかってゆく。
固定された車地の円柱から突き出た棒には4人の冒険者がもたれかかっていた。船員補助としての作業はとりあえず一段落である。仕事自体はまだたくさんあるが、急ぎのものは今のところない。
前回の航海の経験からそれを知っているユウは休んでいた。次に何を言われるかもおおよそ理解しているので焦りはない。
そんなユウに対してカーティスが振り向いて声をかけてくる。
「なぁ、おい。お前、ユウっていったか?」
「そうですけど」
「さっき最後の最後にこの船へ乗り込んできたヤツと知り合いなのか?」
「まぁそんなところですけど」
今まで挨拶しかしたことがない相手から話しかけられたユウは少し戸惑った。なぜ興味を持ったのかがわからない。
体を起こしたカーティスがユウに顔を近づける。
「あいつ、何て名前なんだ?」
「ダンカンだそうですよ。何か気になることでもありましたか?」
「そりゃ大アリだろう。あんなギリギリに乗ってきたんだ。目立ってしょーがねぇだろ?」
「あー、そう言われるとまぁ確かに」
「もしかして、昨日の晩は飲み過ぎたのかもしれねぇな」
「そうかもしれませんね」
嫌な感じのする笑い方をするカーティスを見てユウは少し顔をしかめた。元からそういう顔だと言われたらそれまでだが、どうも好きになれない相手の表情に困る。
どうやって話を切り上げようかとユウが考えていると4人とも船員に呼ばれた。これ幸いにと
船員が冒険者4人に指示したのは甲板の掃除だった。別々の仕事場でないことにユウは内心で肩を落とすが、代わりにできるだけ離れた所で作業しようとする。
まずは船の端に寄って紐の付いた桶を海に放り出した。重くなった桶をたぐり寄せて甲板へと引き込む。そうして自分の担当場所まで持っていってぶちまけ、デッキブラシでこすり始めた。トリスタンもそれに倣う。
ところが、カーティスとグレンの方は簡単ではなかった。少し強く揺れる船上で安定して立つことができず、海水を汲み上げようとしたときには落ちそうになる。ようやく甲板に海水を撒いたものの、揺れる船上では作業をしづらそうだった。
その様子を見たユウはどちらも船での作業は初めてなのかなと思った。自分のときも似たような感じだったので少し微笑ましく感じる。
こっそりとユウが見守る中、悪戦苦闘して甲板を磨いていたカーティスとグレンから次第にやる気が失せていくのが明らかだった。更に時間が経過するとデッキブラシで甲板を撫でる感じで動かすようになる。
もちろんそんな態度はすぐ船員に見破られた。
そんな同業者の様子を見ていたユウはこれから先が不安になった。もしかしたらあの2人の分の作業までさせられるのではないかと。
せめて与えられた仕事くらいはきっちりとしてほしいとユウは強く思った。
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