川と海を繋ぐ港町
盗賊の襲撃を撃退したユウたち3人はやっとの思いでスチュアの町を目にした。遙かな川に面した港町は郊外からして活気がある。これが町の西門に近い街道上となると人の数が更に増えた。
残り少なくなっていた徒歩の集団が散り散りになった後、宿屋街に入る手前でユウたちは3人だけになる。しかし、その3人ももはや一緒にいる理由はない。
大きな荷物を背負ったダンカンがユウとトリスタンに声をかける。
「いやぁ、ついにたどり着きましたね!」
「そうですね。なんだかいろんなことがあったんで2週間の旅とは思えないですよ」
「ごもっともです。今回の旅は楽しかったですよ」
「色々と教えてもらったしな。楽しかったぜ」
「そう言ってもらえると、あっしも嬉しいですね」
道の端に寄ったユウたち3人は別れを惜しんだ。気になることもあったが、それももう終わりである。
「それでは、あっしはこれで。ユウが無事に東の果てへ行けることを祈ってますよ」
「さようなら。僕もダンカンの商売がうまくいくことを願います」
挨拶を終えたダンカンが踵を返して街の西門側へと向かって歩き始めた。大きな荷物は割と目立つので遠くでもちらりと見えたが、やがてそれも雑踏の中へと消える。
昼間の熱気がまだ残る中、ユウとトリスタンはとりあえず酒場に向かった。まずは食によって疲れを癒やさないといけない。
カウンター席に並んで座った2人は給仕女に注文をした。それから互いに目を向ける。
「終わったね」
「ああ、終わった。それにしても、ちょっと変わった行商人だったな」
「そうだね。振り返ってみたら、なんだか少し怪しい人だったけれど」
「怪しい? どのへんがだ」
「うーん、なんていうか、商売人にしては戦い慣れていたように思うんだ。けれど、それを隠そうとしているみたいな感じかな」
「ちょっと前に盗賊を倒したからそう思ったのか?」
「あれが気付くきっかけにはなったんだけれど、その前にもちょこちょことあったんだ。そんな明確に怪しいって思えるようなことじゃないけれどね」
薄い反応しかしないトリスタンにユウは何も言わなかった。自分もはっきりと疑っているわけではないので強くは言えない。
そのまま変な間が空いてしまった2人は黙ったが、料理と酒が運ばれてくると機嫌が良くなった。同じ沈黙でも、次は食事によるものだ。雰囲気は明るい。
ある程度気分が落ち着いてくると2人は木製のジョッキを片手に再び話をする。
「ユウ、ようやくスチュアの町に着いたわけだが、後は船の仕事があるかだな」
「この町だと東端地方への定期船があるって聞いたから、何とかなるんじゃないかな」
「でも、定期船っていうくらいだから、固定の人員でかっちりと固めているんじゃないか?」
「そう言われるとそうかもしれないけれど、希望はあると思うよ。臨時で東端地方に向かう船だってあるだろうし」
「しかし、ついにユウの念願が叶いそうだな」
「そうだね。こんなに苦労するとは思わなかったよ」
「西の端から東の端だろう? 普通は行こうなんて思わないよなぁ」
「それについてきたトリスタンも似たようなものじゃないの?」
「俺は途中から参加したんだから大したことはないだろう」
「えー」
自分だけ変人扱いされたユウは不満の声を上げた。しかし、同行者はにやつくばかりで意見を改めようとはしない。ここから酔っ払いの不毛な論争が始まった。
その後も杯を重ねつつも話し合いは続く。たまに話題が別のものに変わることもあったが、なぜか変人論争へと話が戻った。ついでに内容は同じことの繰り返しだ。しかし、気の抜けた2人は気にすることなくしゃべり続ける。
結局、その論争は決着が付くことはなかった。
翌日、ユウとトリスタンは三の刻前に目覚めた。今回は二日酔いではなく、単に休養日なのでゆっくりとしていただけだ。
この町を出発するまで少し間ができたわけだが、当面はやることがあった。その中でも最初に済ませておきたいことが足下に置いてある麻袋の中にある。倒した盗賊から手に入れた戦利品の売却だ。
持っていても仕方のないものなので、ユウとトリスタンは城外にある市場で買取屋を探して引き取ってもらう。思った通り大した値は付かなかったが、今回の陸路での出費をいくらか補填できた。
次いで2人が向かったのは冒険者ギルド城外支所だ。活気のある室内を横切って受付カウンターまで進み、真面目そうな受付係に東端地方へ向かう船の仕事について尋ねる。
「ありますよ。輸送船『黄金の梟』号の船長ヴィセンテから依頼が届いています。護衛兼船員補助ですが、この依頼を希望しますか?」
「はい、お願いします!」
念願の依頼を見つけたユウは勇んで受付係に返答した。
紹介状をもらったユウとトリスタンはそのまま町の東側にある港へと向かう。ここで『黄金の梟』号を探し出して船長のヴィンセンテとの面会を希望した。
船から出てきたヴィセンテは日焼けして皺の多い顔をした船長だ。海で鍛え上げられた風貌は迫力がある。
「俺が『黄金の梟』号の船長ヴィセンテだ。お前たち2人が依頼を引き受けたいという冒険者か」
「はい、僕はユウです。こっちは仲間のトリスタンです」
自己紹介が終わると面談が始まった。船長のヴィンセンテからは何よりもまず船の仕事の経験を問われ、次いで護衛の仕事に関する説明を求められる。一方、ユウたちの方は仕事の内容に契約条件の詳細などを尋ねた。
話を終えるとヴィンセンテがユウたちに伝える。
「いいだろう。お前たち2人を採用する。カウンの町まで頼んだぞ」
「はい、ありがとうございます。船にはいつ乗り込めば良いですか?」
「明後日の夜までに来てくれ。最悪その翌日の朝でも構わんが、出港当日だからそれ以上遅れると置いていくことになる。気を付けるように」
「わかりました」
「他に何かあるか?」
問われたユウは少し考えた。依頼に関して知っておきたいことはもうない。しかし、ひとつだけ別に気になることがあった。それについて尋ねてみる。
「ひとつあります。これから向かう東端地方の通貨事情を教えてください。僕たち、長旅の間に通貨でちょっと困ったことがあったので、これから行く先でどうなっているか知りたいんです」
「なるほどな。いいだろう。東端地方では町や村の力がまだ弱いため、独自の通貨は発行されていない。そのため、海洋国家の銅貨以上の通貨なら大抵通じる」
「ということは、ボナ通貨やノースホーン通貨は使えるんですね」
「ああ、使えるぞ。ただし、最低単位が銅貨だ。鉄貨はないから気を付けるんだぞ。ちなみに、途中で東部辺境にあるビウィーンの町に立ち寄るが、ここも海洋国家の銅貨以上の通貨は大抵通じる」
「鉄貨はどうなんですか?」
「ビウィーンの町は鉄貨がある。端数は他だと通用しないから、飲み食いするならきれいに使い切るんだぞ」
通貨の切り替えで苦労したことのあるユウはヴィンセンテの話を聞いて安心した。今のところ砂金に替えたり使い切ったりしてなんとかうまくやっているが、あまり目まぐるしく通貨が変化するとやがて行き詰まってしまう。当面はそんな事態を避けられるのならば喜ばしいことだ。
他にも、金貨と銀貨に限れば東端地方を更に北回りした先の北モーテリア海の沿岸部でも通じるらしいことを知る。これは、あちらの金貨と銀貨が東モーテリア海の沿岸で一部流通していることからの推測だった。
面談を良好なうちに終えたユウとトリスタンは機嫌良く次の場所へと向かう。次の仕事が決まったのでその準備のために市場へと再び入った。
使った消耗品を補充していると、ユウはトリスタンに話しかけられる。
「なぁ、船に乗り込むってことは、やっぱりあれを買わなきゃいけないんだよな?」
「あれ? あー、うん、そうだね」
「酸っぱいから嫌なんだよなぁ、あれ」
「僕もあんまり好きってわけじゃないけれど、あれで体調が悪くならないんなら食べる価値はあるでしょ」
「そうだな。実際にひどい状態になんてなりたくないし」
前回の初航海では港による度に必ず買っていた果物があった。それは柑橘類であるのだが、トリスタンはどうにも気が進まない様子である。
もちろんユウも積極的に買いたいとは思っていないが、それでも必要なので今回も保存期間の短いゼッカと長いダーシュという2種類をいくつか買い求めた。
その後もユウとトリスタンは次の仕事に向けての準備を進める。武具の手入れや衣服の繕いなどの他、念願の水浴びと服の洗濯も済ませたおかげで、休暇も存分に楽しめた。
こうして『黄金の梟』号が出港する前日の夜、夕食を済ませてた2人は船へと乗り込む。
目的地のある東端地方にユウはいよいよ迫ろうとしていた。
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