街道での難事
強い日差しの下、何台かの荷馬車が街道を北へと進んでいる。人の歩く速さとそう変わらない速度で車体を揺らしていた。
その集団から南側へと離れた場所に何人もの人々が続いている。割と小さくまとまっており、その先頭をユウたち3人が歩いていた。
現在、ユウたちが歩いているのは東物品の街道だ。大角の山脈の鉱石や遙かな川流域の商品をモーテリア大陸の北側へ送るための主要街道のひとつである。主要街道というだけあって人や荷馬車の往来は多い。1日に何度か反対側へと向かう者たちとすれ違った。
こういった利益を生む街道は荒らされると国も損をするので、巡回の騎兵や兵士がたまに往来する。この姿を見ると真っ当な者たちは誰もが頼もしく思うものだ。
暑さで顔に疲れを見せているものの、ユウも先程すれ違った巡回の兵士の姿を見て安心した1人である。まったく警備されていない街道と比べて安全なので旅をしやすい。
汗を拭ったトリスタンがダンカンに話しかける。
「この街道は人が多い上に警備兵も頻繁に通るんだな」
「それだけ賑わっているってことですよ。あっしみたいなもんはそのおこぼれにあずかっているってわけです」
「盗賊からしたら狙い目だよなぁ。確か、切れ端の丘陵が根城になっているんだっけ?」
「そうです。あそこからここまで出張ってきて、一仕事したらまた引き上げるらしいんですよ。たまに討伐隊が送り込まれるらしいですけど、潰しても潰してもすぐに湧いて出てくるらしくてねぇ」
「ということは、盗賊にとってもこの辺りはそれだけ儲かるってことか」
「みたいですね。盗られる方はたまったもんじゃないですが」
「警備兵がこれだけ回っていてもやられる隊商がいるわけかぁ。それは大変だ」
「警備も完璧じゃないですからね。あいつら、そういう穴を見つけるのが得意なんですよ」
話をしている最中にトリスタンはたまに東の方へと顔を向けた。東物品の街道からだと切れ端の丘陵は地平線の向こう側なので見えない。
今は話に参加していないユウは西側へと顔を向けていた。こちら側は遙かな川まで平地が続いており、盗賊も若干存在しているという話だ。圧倒的に東側からやってくることが多いのでその存在を忘れる人もいる。
襲ってくるのはどちらなのだろうかとユウは考えた。街道近辺は平原なのでどこから襲われても同じなのだが、盗賊団としての規模は丘陵側の方が大きいので気になるところだ。
そろそろ東側へも目を向けようかとしたユウは、その直前になってトリスタンから声をかけられる。
「ユウ、東の地平線に誰かいるぞ」
「どこ? ああ、あれ。もしかして馬に乗っている?」
「2人とも、あっちに何かいるんですか?」
「盗賊の物見らしき人影があそこの地平線辺りに見えるんですよ」
「ええ!?」
ユウから説明を受けたダンカンが驚愕の表情を浮かべた。自分もその姿を目にしようと東の地平線へと顔を向ける。
しばらくするとその姿は地平線の向こう側へと消えた。その少し後にユウたち3人は視線を近場へと戻す。
盗賊の物見が姿を現したということは今晩か明晩あたりに襲われる可能性が高い。たまに何らかの理由で襲われないこともあるが、そういう幸運に頼るのは危険だ。
不安そうなダンカンがユウに声をかける。
「ユウ、これからどうするんですか?」
「昼間はこのまま歩き続けるしかないです。襲ってくるなら夜の可能性が高いので、夜襲に備えておく必要があるでしょう」
「備えるとは言っても、こんな何もない平原で何ができるんですか?」
「できることは少ないですけど、やれることは一応ありますよ」
そう断ってから、ユウは徒歩で旅するときの盗賊対策をダンカンに教えた。基本的にやり過ごす方法なので格好の良いものではないが、効果はあることも伝えておく。
すべての話を聞いたダンカンは微妙な表情を浮かべた。
空が朱くなり始めた頃、荷馬車の集団が街道から草原へと移った。それに伴い、徒歩の集団であるユウたち3人も原っぱへと足を踏み入る。
野宿すると決まると、ユウたちはすぐに夕食の準備に取りかかった。既に何度も繰り返したことなので全員慣れたものだ。
後は鍋の中身ができあがるのを待つだけとなると、ユウは徒歩の集団の他の人々に盗賊の物見が現れたことを告げた。反応は毎度同じように鈍いものだが、それ以上は何もできないので気にせず仲間の元に戻る。
「ユウ、声をかけるだけでいいんですか?」
「声をかけても動かない人は僕たちじゃどうにもできないです。それより、早く食べて片付けてここから移動しましょう」
不安そうな顔を浮かべるダンカンに対して、沸き立つ鍋の中身をおたまですくい上げたユウは自分の木の皿へと入れた。そうしてすぐに食べ始める。
いつもと違って黙々と夕食を食べたユウたちは食事が終わるとすぐに後片付けをした。焚き火も完全に消して荷物をまとめるとそれを背負って歩く。
満月の月明かりの下、ユウを先頭に3人は荷馬車の集団の脇を通り過ぎて北西へと向かった。草原の奥へと迷いなく進んで行く。
相棒であるトリスタンは当たり前のようにユウの後を歩くが、ダンカンはそうはいかなかった。何度か背後を振り返った後、ユウへと問いかける。
「どこまで行くんですか?」
「荷馬車と人が豆粒になるくらいまで歩きます。昼間に説明した通りですよ」
「それはそうですが、これだと獣に襲われる可能性があるじゃないですか」
「ほぼ確実に襲ってくる盗賊と襲ってくるかもしれない獣、どちらの危険がましかということですよ」
「あー、うん、まぁ、それは、そうですけど」
「今日は満月の月明かりで周りがかなり明るい上に、盗賊はたぶん馬に乗ってやって来ます。そうなると、かなり離れないと見つかってしまうんですよ」
尚も歩きながらユウはダンカンに説明した。馬の背に乗るとより遠くまで見通せてしまうこと、まさかそんなに遠くまで避難しないだろうという盗賊の意表を突いて隠れることなどをである。
ここなら良いだろうと思えるところまで歩いたユウはそこに
「なんだか心細いですね」
「僕もそう思います。でも、3人いるから平気ですよ。これ、1人だと怖いですから」
「獣もそうですが、冬だと寒さで凍えませんか?」
「凍えますよ。でも、我慢するしかないんです。死ぬよりましですから。というより、ダンカンは今まで盗賊に襲われたときはどうしていたんですか?」
「恥ずかしながら逃げ回っていましたよ。他には死んだふりとか、獣と出くわしたときは盗賊になすり付けたり」
「結構器用ですね」
「死んだふりなんて俺は怖いな。それに、そんなことをしたら荷物を盗られるだろうに」
「もちろん盗られましたよ。とても悔しかったです。でも、死ぬよりましですから」
話に加わってきたトリスタンにダンカンが苦笑いを見せた。財産は大切だが、命あっての物種だとトリスタンは納得してうなずく。話に区切りが付くと、ユウたち3人は夜の見張り番を交代でこなしながら眠った。
この日は最初の見張り番をダンカンが担当する。指示された通り立たずに座ったままだ。そして、砂時計で鐘1回分の時間が過ぎるとユウを起こす。
「ユウ、起きてください」
「何かありましたか?」
「いえ、何も。獣も寄ってこなくて良かったですよ」
「わかりました。あ」
「どうしました?」
「寝そべってください。荷馬車が盗賊に襲われたようです」
「なんですって?」
月明かりを頼りにはるか先へと目を向けたユウとダンカンは、馬に乗った盗賊に荷馬車の集団が襲われているのを目の当たりにした。かつて全滅した集団を見たことがあるユウは少し顔を歪ませる。
しかし、荷馬車が雇った護衛は腕が良かったらしく、最終的に盗賊を撃退した。これで一安心だとユウは思いかけたが、盗賊が帰りがけの駄賃とばかりに徒歩の集団を襲うのを目にする。こちらはひどい有様で好き放題されていた。
何とも言えない結果に終わったのを見たユウはちらりと横のダンカンへ目を向ける。すると、思った以上に冷静な表情で眺めていて意外に思った。
横目で見ているのを気付かれたユウはダンカンから声をかけられる。
「どうしました?」
「落ち着いているように見えたんで意外だと思ったんですよ。ああいうのに慣れているんですか?」
「何度もひどい目に遭いましたからねぇ。良くないことなんでしょうけども」
苦笑いをしながらダンカンに返答されたユウは曖昧にうなずいた。自分も随分と慣れた部分はあるのでそんなものかと思う。
確かに良くないことだなとユウは同意した。
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