途中の町での一幕

 北大角の街道を西へと向かう旅は順調に進んだ。国境を通過するので治安は良くないのだが、幸運にも盗賊に襲われずに済む。


 そうして6日目の五の刻の鐘が鳴る頃にユウたち3人はアキュムの町へとたどり着いた。街道沿いに並ぶ建物とその奥にある町の城壁を見て全員が安堵のため息を漏らす。


「やっと着いたぁ」


「あっつい。早く酒場に行きたいぜ」


「まったくです。どこでもいいですから、とりあえず中に入りましょう」


 徒歩の集団が霧散していく中、トリスタンとダンカンがあえぐように訴えた。どちらの顔もすっかりしなびた花のようになっている。


 店の良し悪しも考えられないほど疲れ切っていたユウたちは目に付いた酒場へと入った。その店は年季の入った石造りの店舗で、時間も時間なので客の数も多くない。


 背負っていた荷物を床に置くとユウたちは力なく椅子に座った。やって来た給仕女に気付くと3人とも1人2杯のエールを注文する。まずは喉を潤さないといけない。


 運ばれてきた木製のジョッキを受け取った3人は一斉にそれを傾けた。文字通り喉を鳴らしてエールを胃に収めていく。


「っあぁ、おいしい!」


「生き返るなぁ。これのために生きているって感じがする」


「というより、これのおかげで生き返りましたよ。やっぱり町に着いたらこれですねぇ」


 3人ともお互いの顔ではなく手にする木製のジョッキを眺めて口から感想を漏らした。それから再び木製のジョッキを呷る。


 しばらくはほとんど会話をせずにユウたちはエールを飲み続けた。やがて、2杯目がほとんど空になって追加の注文をしたところでエール以外に意識を向ける。


「あー、しばらく何も考えられそうにないや」


「俺もだ。まぁでも、とりあえず町にたどり着けたんだから一安心だな」


「そうですね。ところで皆さん、この町で何か予定ってあります?」


「僕は特にないかな」


「俺も。1日くらいは休みたいと思うが」


「だったら明日1日は休みにして、明後日の朝、二の刻の頃に町の北側で集合ってことにしませんか? ちょっと商売になりそうなものを探しておきたいんですよ」


「良いと思いますよ。僕たちも準備をしないといけないですし」


「そうだな。それに冒険者ギルドにも寄っておきたいからな」


「だったら決まりですね。今日は思いきり飲み食いしてから解散ってことで」


 この町での行動方針を提案したダンカンがユウとトリスタンの意見をまとめた。冒険者と行商人では町での動き方もまったく異なるので自然な取り決めである。


「それなら、少し早いですがこのまま夕飯にしましょう」


「賛成! よーし、俺はもう今日は何もしないぞ!」


「僕も何もできそうにないや。今日はお腹いっぱい食べて寝てしまおう」


 何か考えようとして止めたユウは他の2人に追従した。今日の自分はもう役に立たない。やるべきことは明日の自分に丸投げである。


 そうと決まれば夕食兼酒盛りだ。3人は一斉に給仕女を呼んで料理と酒を注文した。




 翌朝、ユウとトリスタンは安宿で三の刻の鐘が鳴り終わってから目が覚めた。痛くはないが重い頭を抱えて起き上がる。


 昨日は3人で七の刻の鐘が鳴る頃まで酒場にいた。何もしないと決めてからはひたすら飲み食いをして騒いでいたのだ。珍しく長時間飲み続けていたが、自分の調子に合わせて飲めたので潰れることはなかった。


 飲み終わってダンカンとその場で別れると、ユウはトリスタンと共に安宿の大部屋に入って寝台に倒れ込んだ。その直後の記憶からはない。


 そして今である。今になって騒ぎすぎたかなと思うユウだったが、同時にたまには良いだろうという気もしていた。何にせよ、過ぎたことである。


 今日も1日暑くなることを体感しながらユウは外出する支度をした。途中でトリスタンも目覚めて起き上がる。


「うーん、頭が痛い」


「おはよう。もしかして二日酔い?」


「みたいだ。自分で思っていたよりも飲んだらしい」


「痛み止めの水薬があるけれど、飲んでおく?」


「悪い、1つくれ」


 相棒の呻くような声を聞きながらユウは自分の背嚢はいのうに手を入れた。小瓶の入った巾着袋を取り出し、そこから小瓶をひとつ摘まみ上げる。蓋を開けたそれをトリスタンに手渡した。


 傷の痛みや頭痛などにある程度効果があるその水薬は二日酔いにも効くとユウは記憶している。ただ、前の航海のときに仕方なく買った低品質なものなので効果のほどはわからない。ないよりはましでも効くのであれば今は良い。


 普段ならわざわざ水薬を飲ませてまで快復させることはないが、明日町を出発するための準備を今日中にしておかないといけないのだ。少なくとも昼からは動けるまで立ち直らせておく必要がある。


 結局、トリスタンが動けるようになったのは昼前だった。暑さはひどくなる一方で座っていても体力と気力を削がれてゆく。


 何をするにしても中途半端な時間だったので、ユウとトリスタンは少し早めの昼食を先に食べた。この酒場では旅で消費した水と干し肉を同時に買い込んでおく。


 四の刻の鐘が鳴ってしばらくするとユウはトリスタンを伴って酒場を出た。次いで向かったのは冒険者ギルド城外支所だ。前の町と同じく建物は小さい。


 昼時ということもあるせいか、中は閑散としていた。受付カウンターには職員が1人だけ立っている。


 見た目が軽薄そうな職員に若干の不安を覚えつつもユウは受付カウンターの前に立った。そうして受付係に声をかける。


「仕事について聞きたいんですけど、いいですか?」


「いいよ。なんだい?」


「スチュアの町に向かう荷馬車関係の仕事はありますか? 護衛はたぶんないでしょうけど、人足の仕事があるかもしれないと期待しているんです」


「スチュアの町かぁ。今そっち側はないんだよね。コンセニィの町行きの荷馬車なら人足の募集をしているんだが」


「コンセニィの町ってここから西にある町ですよね。そっちじゃないんですよ。あ、ボナの町に行く荷馬車はどうですか?」


「ボナの町を通過する荷馬車ならあるんだけどな。何しろ、あそこの町は河川にしろ街道にしろ通過地点だからねぇ。大体、スチュアの町は遙かな川と東モーテリア海を結ぶ港町で、こっちは大角の山脈周辺の経済圏だから微妙に縁が薄いんだよ」


 口調は軽いが意外にしっかりとした答えが返ってきてユウは内心で少し驚いた。適当に返答されるのではと警戒していたのだ。


 それはともかく、事前に予想していた通り仕事がないという回答を聞いたユウは小さくため息をつく。ダンカンと約束しているので仕事があっても簡単には引き受けられないが、仕事のない理由を知りたかったので一応目的は果たすことはできた。


 受付カウンターから離れたユウは屋内の隅で立ち止まった。そこでトリスタンに振り返る。


「やっぱりスチュアの町まで歩くしかないみたいだね」


「わかっていたことだから驚きはなかったが、そうなると明日から9日間歩くわけか」


「春か秋だったらまだ良かったんだけど」


 前日までの6日間を思い出したユウとトリスタンはそこで黙った。ユウは高温の砂漠地帯を通った経験があるが、だからといって暑さに慣れているわけではない。


 できればもっと涼しい気候の下で旅をしたいと願うユウだった。




 酒精の影響を取り払った翌日、ユウとトリスタンは日の出と共に起床し、支度を済ませてすぐ安宿を出た。向かうのはアキュムの町の北側である。二の刻までまだ余裕はあるが、日の出と共に荷馬車の集団は次々と出発していくので宿で待っていられなかったのだ。


 町の北側の原っぱにたどり着くと、2人は徒歩の集団をひとつずつ見て回った。ダンカンがまだ来ていないことを知る。


「僕たちの方が先に来たみたいだね」


「そうだな。てっきりダンカンが待っていると思ったんだが」


 町に近い原っぱで立ち止まったユウとトリスタンはぼんやりと北側を眺めた。荷馬車の集団が動いて街道に入ると、近くにいたある徒歩の集団がついて行く。それが繰り返されていた。


 二の刻の鐘が背後から聞こえてきたので、ユウはふと振りかえってみる。すると、大きな荷物を背負ったダンカンの姿が目に入った。あちらも気付いたようで手を振っている。


「ダンカン!」


「いやぁ、おはようございます! どうもお待たせしてしまったようで」


「大したことないよ。それより、体調は大丈夫?」


「ええ、まったくもって健康的ですよ。スチュアの町までなら問題ありません」


「それじゃ、行きましょうか。あっちの集団に入りますね」


 あらかじめ入る集団の候補を見繕っていたユウがダンカンに提案した。その徒歩の集団を見たダンカンは笑みを浮かべてうなずく。


 今日も1日快晴であることを確信させる日差しを浴びながら、ユウたち3人はその集団へと足を向けた。

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