街道上での行商人

 スチュアの町まで街道を歩いて向かうことにしたユウとトリスタンは、ナルバの町を出発する直前に酒場で一緒に酒盛りをした行商人ダンカンと再会した。3人は喜び合い、楽しく話しながら北大角の街道を西へと歩く。


 その様子は徒歩の集団の中でも目立っていた。集団に寄り集まって歩く人々もしゃべりながら歩くことはある。しかし、ここまで楽しげなのは珍しい。


 強い日差しを受けながら、それをものともしないユウたち3人はいつの間にか徒歩の集団の先頭を歩いていた。前方には荷馬車の姿が見える。距離感を間違えなければ邪険にはされないので、そこは気を付けながら進んだ。


 楽しげな様子のダンカンが2人に新しい話題を持ちかける。


「それにしても、今回の旅は心強いですねぇ。何といっても、手練れの冒険者2人と一緒なんですから。大抵の問題は解決したも同然ですよ」


「いつもは1人で行商しているんですよね。そのときはどうしているんですか?」


「できるだけ1人にならないように注意していますよ。街道を歩くときはこうして徒歩の集団に入るようにしていますし、村々を回るときだって途中まで行く先が同じ同業者と一緒に歩きますからね」


「そもそも1人にならないように気を付けているわけですか」


「ええ。ただ、商売の性格上、どうしても1人になるときがあるんで、そのときは周りを気にしながら歩いていますよ」


「例えばどんなことですか?」


「そうですねぇ。例えば、足跡に不自然なものがないかとか」


 実際に街道を指差しながらダンカンがユウに説明を始めた。行商人というよりも探索者寄りの知識を披露されてトリスタン共々驚く。一通り話を聞いた2人はすっかり感心した。


 軽く首を横に振るトリスタンがダンカンに話しかける。


「よくこんな話をしてくれるな。こういうことは秘密にする奴だって多いのに」


「あっしだって誰かとなく無分別にしゃべりはしませんよ。お二人にはお礼も兼ねてお話をしているんです」


「お礼? 俺たち何かしたっけ?」


「あっしみたいな行商人にとったら、こうして冒険者と一緒に旅をしているってのは護衛をしてもらってるみたいなもんなんですよ。ですから、その対価みたいなもんです」


「そういうことか。ということは、原っぱで話しかけてきたっていうのも」


「はは、偶然見つけたっていうのは確かですけどね、お二人に近づいたのはそういうことですよ」


 にやりとわらうダンカンを見たトリスタンは行商人のしたたかさに苦笑いした。荷馬車の護衛が当てにならないのならば、徒歩の集団の中でなんとかしようというわけである。


 行商人の一面を垣間見ながらユウたちは北大角の街道を歩き続けた。日中の強い日差しに辟易としつつも、1日の終わりはやがてやって来る。


 ようやく空が朱く染まってきた頃になって前方を進む荷馬車が停まった。野営の準備だというのはすぐにわかったので、ユウたちはある程度近づいてから原っぱへと移る。


 街道からあまり離れていない場所で3人は立ち止まった。ダンカンが最初に口を開く。


「お二人とも、野宿もこの3人でするってことでいいんですよね?」


「良いですよ。ある程度まとまった人数がいると夜の見張り番も楽ですからね」


「そりゃそうだ! でもその前に、腹ごしらえをしなくちゃいけませんよね。3人で鍋を囲おうと思っているんですが、どうですかね?」


「こういうときはいつも干し肉で済ませているんですけど」


「3人で持ち寄ったら案外何とかなりますよ。水も干し肉も黒パンもね」


「パンを持ってきているんですか」


「はい、もちろんですよ。茹だった薄いエールに小さくちぎって入れてやってかき混ぜると、いい感じにふやけるんです。そこに干し肉を入れたら、ちょっとしたごちそうですね」


 にんまりと笑う行商人の提案にユウはトリスタン共々賛成した。冷たい食事よりも温かい食事に心が傾くのは当然である。


 空の色が濃くなる中、ユウたちは手早く分担を決めて作業に取りかかった。ユウは鍋を提供して簡単なかまどを作り、ダンカンは乾燥した薪を提供し、トリスタンは煮炊きするのに必要な量の薪を拾う。


 場所作りが終わると次に料理だが、3人で材料を持ち寄った。水代わりの薄いエールは3人が持ち寄れば充分な量になり、干し肉と黒パンも同様だ。火口箱で乾いた薪に火を点けて料理を始める。


 トリスタンが適度に薪をくべながら、ダンカンがユウの木製おたまで鍋の中をかき回す。次第に良い匂いがしてきた。


 ある程度できあがってきたところでダンカンはおたまをユウに渡して自分の荷物に手を入れる。


「ダンカン、何を探しているんだ?」


「塩ですよ。あっしらは今日1日でたくさん汗をかきましたからね。こいつをたっぷりと入れておかないと体が保ちません」


 不思議そうに眺めるトリスタンの目の前でダンカンが袋の口を開けた。中の物を取り出すと、鍋の上でその白い塊をナイフで削ってゆく。


 更に待つことしばし、ついに鍋料理が完成した。煮立つ鍋の中身に3人の頬が緩む。


「さぁ、できました! みんなで食べましょう!」


「おお、うまそうだな!」


 自前の木製食器を取り出したトリスタンが嬉しそうな声を漏らした。ダンカンがおたまで粥のようなスープを順番に木皿へとよそってゆく。


 自分の木皿を受け取ったユウは木の匙ですくって口に入れた。できたてなので熱い。そして、今は夏なので汗が噴き出る。


「うん、夏でもやっぱり温かい料理の方がいいよね」


「汗が止まらないっていうのはちょっと困りものだけどな」


「塩はこのくらいでちょうどいいみたいですね。良かった」


 他の時と比べて3人とも食べ始めは口数が少なくなった。全員がまず空腹を満たすことを優先する。


 鍋の中のものがほとんどなくなると、ようやく会話が増えてきた。内容は昼間とあまり変わらない。誰もが楽しげだ。


 西の空さえ暗くなりつつある頃になると、ユウがダンカンに改まって話しかける。


「夜の見張り番ですけど、ダンカンさんはいつもどうしているんですか?」


「同業者と一緒にいるときは交代で見張ってましたね。1人のときはどうしようもないですから、周りの反応を気にしながら浅い眠りを繰り返していましたが」


「冒険者みたいですね。行商人もそんなことができるんですか」


「知り合いからは珍しいと言われたことはありますね。誰でもできるわけじゃないらしく、その知り合いもうっかり朝まで眠ってしまったことが何度もあるとか」


「でしたら、今晩からの見張りも一緒にやってもらえますか」


「元よりそのつもりですよ。鐘1回分ずつで交代しましょう」


 自ら積極的に提案してくるダンカンにユウは好感を抱いた。こういう相手が旅の友だと非常に助かる。


 日没後、最初はユウが見張ることになった。鍋と食器を簡単に洗った後、横になる同行者2人を尻目に周囲を見る。焚き火は既に消しているのでわずかな月明かりだけが頼りだ。たまに荷馬車の方の見張り番の様子を窺いながら役目を果たした。




 翌朝、ユウは日の出の少し前に目が覚めた。空は東を中心に薄明るい。町で眠るときよりも睡眠時間は少し短いが、長時間まとめて眠り続けられたので頭もすっきりとしている。


 起き上がって焚き火跡の方へと顔を向けるとダンカンと目が合った。すると、元気よく挨拶をされる。


「おはようございます!」


「随分と朝から元気ですね」


「昨晩は充分眠れましたからね。いつもだとこうはいかないんで嬉しいですよ」


「見張っている途中で何かありましたか?」


「いえ、何も。荷馬車の見張りも暇そうにしていましたよ」


「あっちも見ていたんですね。だったら大丈夫かな」


 ダンカンに釣られてユウも前方の荷馬車周辺へ目を向けた。あちらも次々と人が起き始めて支度を整えているのが見える。


 立ち上がって大きく背伸びをしたユウは自分の荷物に顔を向けた。背嚢はいのうに立てかけてある鍋と木の皿はすっかり乾いている。


 調理器具と食器を片付けているユウは隣でトリスタンが目を覚ましたことに気付いた。こちらは睡眠が中途半端だったので眠そうだ。


 荷物の片付けが終わったユウは本格的に出発の支度に取りかかる。離れた場所でひと踏ん張りして戻って来ると干し肉を口にした。噛むことでより目が覚める。


「ダンカン、見張りはもう良いですから出発の準備をしてください」


「わかりました。それじゃちょいと失礼っと」


 離れて行くダンカンの後ろ姿を眺めながら、ユウは今日も1日楽しい旅になりそうだと感じた。こんな風に感じるのは珍しいので自分でも驚いている。


 ユウが干し肉を食べ終わった頃にダンカンが戻って来た。同時に荷馬車の集団が出発しようとしている事に気付く。


 仲間を促したユウは自分の背嚢を背負って歩き始めた。

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