旅は道連れ、行商人との再会

 日の出と共にユウとトリスタンは目覚めた。この日は徒歩でスチュアの町へと向かう初日である。朝から日差しが強い。


 出発の準備を整えると2人は安宿を出た。ちょうど二の刻の鐘が鳴る。東は海なので遮る物がないことから太陽が直接照りつけていた。


 背中から受ける日差しの強さにトリスタンが呻くようにつぶやく。


「うへぇ、今日も厳しそうだな」


「曇ってくれたら良かったんだけどね」


「そんなにうまくはいかないか。今なら雨でも大歓迎なんだが」


 若干恨めしげな顔をしたトリスタンが空を見上げた。雲ひとつない青空が視界いっぱいに映る。望みは叶いそうになかった。


 北大角の街道を西に向かうため、2人はナルバの町の西側へと向かった。大角の山脈に向かう金属の街道との合流地点を通り過ぎ、茶色の川の岸にたどり着く。川の渡し場には既に人と荷馬車の列ができていた。船へすぐに乗り込める人の列は移動が早い。


 2人は船頭に銀貨1枚を支払うと茶色の川の向こう岸へと渡った。街道から外れた原っぱには荷馬車の集団と徒歩の集団がいくつかある。


「ユウ、どの集団に入るんだ?」


「そうだなぁ、できれば若い人が多いところがいいかな」


「どうしてなんだ?」


「だって、お年寄りや子供って途中で脱落することが多いから、見ていてつらいからね」


 少し嫌そうな顔をしたユウがトリスタンに答えた。


 町から町への旅で体力の有無は非常に重要だ。動けなくなった者から脱落してゆく。例え助け合うことがない集団であったとしても、やはり取り残される人々の姿を見ると気分は悪くなるのだ。


 話をしながら2人はとある徒歩の集団へと混じった。大半が若い男の集団である。若さが溢れているのか、他の集団と比べて雑談が多い。


 原っぱに固まっていた荷馬車の集団のひとつが動き始めた。街道に入って西へと進む。すると、徒歩の集団のひとつがそれの後に続いた。


 その様子を見ていたトリスタンが背嚢はいのうを降ろしてからユウに尋ねる。


「なぁ、どうして隊商ひとつに対して徒歩の集団がひとつだけなんだ? いくつもついて行ってもいいと思うんだが」


「うーん、それは僕もわからないなぁ。たぶんみんな何となくやっているだけだろうし。ただ、複数の徒歩の集団がついていくなら、いっそひとつに固まっても良いんじゃないかな。別々の集団でいる必要なんてないんだし」


「確かにそうだな」


 徒歩の集団に明確な決まりというものはない。目的のために自然発生して達成すると自然消滅する集団だからだ。しかしそれでも、荷馬車の集団ひとつに徒歩の集団がひとつだけになるのは何かしらの理由があるのだろう。


 次々と荷馬車の集団と徒歩の集団が出発していくのをユウとトリスタンは眺めていた。そろそろ自分たちの番が回ってきたことを察して地面に置いた背嚢はいのうを再び背負う。


「トリスタン、そろそろ出発」


「あれ、もしかしてユウとトリスタンですか?」


 相棒に声をかけていたユウは背後から声をかけられて振り向いた。すると、そこには一昨日酒場で酒盛りをした大きな荷物を背負った行商人が立っている。


「ダンカン?」


「そうですよ! いやぁ、こんなところで会うなんて奇遇だなぁ」


「出発する日が重なるなんて珍しいですね。示し合わせたわけでもないのに」


「いやまったくで。あっしはスチュアの町まで行くんですが、お二人はどちらまで?」


「僕たちも同じです。荷馬車の仕事が冒険者ギルドで見つからなくて歩きになったんです」


「あー、そりゃご愁傷様ですね。稼ぎながら街道を行くのと自腹で行くのは大違いだ」


「そうなんですよ。せめてアキュムの町まででもって思ったんですけどね」


 思わぬ人物との再会したユウはトリスタンと共に喜んだ。しかも行き先も同じとなると話も盛り上がる。徒歩の集団の中でユウたち3人が最も明るくなった。


 3人で話をしていると周囲の人々が歩き始める。自分たちの番がやって来たことにユウたちも気付いた。


 集団の後方を歩く中、ユウは改めてダンカンの姿を眺めた。行商人なので大きな荷物は不思議ではないが、軟革鎧ソフトレザー短剣ショートソードで武装しているのに首をかしげる。


「ダンカンって武装しているんですね」


「そりゃもちろん、町から町へと歩いて移動してるんですから、身を守る手段は持ってますよ。でなきゃ身ぐるみを剥がされてしまいますからね」


「でも、ここまでしっかりと武装している行商人は初めて見ましたよ」


「そうですか? 自分ではこんなもんだと思ってますがね」


「盗賊なんかに襲われたことはあるんですか?」


「もちろんありますよ! もう逃げるのに必死です! あっしは戦うのが苦手ですから」


「でも武装しているんだ」


「見た目って案外大切なものでしてね、同じ襲うなら丸腰の奴からって盗賊も思ってくれるもんなんですよ。ですから、こうやって武装しているだけでもいくらかましなんです」


「ということは、剣の腕前は」


「はは、とても本職の方にお目にかけられるもんじゃないですよ」


 少し恥ずかしそうに笑うダンカンに釣られてユウも笑った。こうしてはったりをかますことも大切なのだと妙に納得する。


 同じように話を聞いていたトリスタンが不意に後ろへと振り向いた。それからダンカンへと顔を向ける。


「やっぱりついて来ないな。ダンカン、さっきから気になっているんだが、どうして隊商ひとつに対して徒歩の集団がひとつだけしかついて行かないのか知っているか?」


一塊ひとかたまりになっているときよりも、鈴なりになって歩いている方が盗賊に見つかりやすいからですよ。何百レテムも延々と歩く人の集団を想像してみてください。遠くから獲物を探す盗賊からしたらそれだけ見つけやすいですし、その列を追っていけば荷馬車にたどり着けるんですからね」


「なるほどなぁ。歩きの連中もそれが経験的にわかっているんだ」


「大半の人はそんなこと知りませんよ。ただ、徒歩の集団が鈴なりになっているのに気付いたら荷馬車の護衛に追い散らされますから、商売人に嫌がれるっていうことだけは知られているんです」


「荷馬車側が嫌うのかぁ」


「ユウもトリスタンも荷馬車で仕事をしたことはあるんですよね? この話を聞いたことはないんですか?」


 問い返されたトリスタンにユウは顔を向けられた。同じように相棒の顔を見るが今の話は初耳だ。


 思い返せば荷馬車の主や隊商の関係者と徒歩の集団について深く話したことがない。後ろにそういった者たちがついてきていても無視するのが基本なので、徒歩の集団の形そのものについては深く考えたことがなかったのだ。


 ややばつが悪そうに2人は首を横に振った。それを見たダンカンが苦笑いする。


「まぁ、あっしのようにいつも歩いて町を巡る者にとっちゃ常識ですが、荷馬車側からしたらそうでもないかもしれないですよねぇ」


「そうかもなぁ。でも、ユウが知らないのは俺にとったら少し意外だったな」


「うーん。でもこれって、僕たちが冒険者だから知らなかったのかもしれない」


「どういうことだよ」


「荷馬車の主って行商人上がりの人もいるから、今の話を知らないはずはないんだ。それに隊商をまとめる人たちだって危険を避けるための知恵として知っていてもおかしくないし。あと、荷馬車の護衛って元々傭兵の仕事だから、傭兵たちも知っていると思うんだ」


「でもよ、冒険者が荷馬車の護衛を普通にするところもあるんだろう?」


「そういう地域は魔物に襲われる危険も高いから、そもそも鈴なりになるほど徒歩の集団なんて形成されないでしょ。だから、冒険者の中で今のダンカンの話を知っている人は少ないんじゃないかな」


「なるほど。でもそれなら、雇ってくれたときに教えてくれてもいいと思うんだけどなぁ」


「僕もそう思わないでもないけれど、しょせん一時雇いの労働者だからね」


 微妙な表情をしながらユウはトリスタンに答えた。護衛であろうと人足であろうと、今までの2人の雇用形態は臨時雇いだ。言ってしまえばその場をしのげれば良い。なので、雇い主からすると教えることは限定的で構わないのだ。


 それにしても知らないことはまだまだ多いとユウは感じた。慣れた仕事であっても初めて知ることがふとした機会にある。そして、こういう知らないことを知ることは楽しいと思えた。


 冒険者2人で話をしているとダンカンがその中に入ってくる。


「あっしでよければ、知っていることは教えますよ」


「ありがとうございます。これから歩く機会は多いでしょうから是非知っておきたいです」


「そりゃ結構なことです。それじゃ、何の話からしましょうかねぇ」


 知らないことを教えてもらえると聞いたユウとトリスタンは喜んだ。自分たちも問われれば教え返す。


 こうして、暑い中3人はのんびりと街道を楽しく歩き続けた。

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