冒険者ギルド城外支所にて確認すべきこと

 よくしゃべる行商人との酒盛りの翌朝、ユウとトリスタンは三の刻の鐘が鳴り終わってから目覚めた。この暑苦しい初夏という時期に日の出後3時間も室内でよくぞ眠れたものだが、開け放たれた窓からそよぐ潮風が涼しいので意外と何とかなるのだ。


 酒で頭の重くなっていた2人は寝台から起き上がると外出する準備をする。安宿の大部屋内には既に人影はないので貸し切り状態だ。


 寝台に座って干し肉を囓るユウは今朝やることを既に決めていた。ぼんやりと口を動かしている相棒に声をかける。


「トリスタン、これを食べ終わったら冒険者ギルドに行くよ」


「ついに行くのか。次の仕事を探すのか?」


「そうなんだけれど、その前に東端地方について聞いておこうと思うんだ」


「あー、昨日のあれな。はっきりと覚えていないところもあるし、確かに聞いておいた方がいいと俺も思う」


「そうでしょ。だから、まずは東端地方について聞いてから、そっち方面へ行く船の仕事を探すつもりだよ」


 昨晩の話では船を使わないと東端地方へはたどり着けないということだった。それならば、最初から船を使って行ってしまおうというわけである。船の旅は荷馬車とは違った緊張感を強いられるが、既に1度体験しているので闇雲に恐れることはない。


 朝食を終えたユウとトリスタンは荷物を背負うと安宿を出た。雲による陰りがないと直射日光が容赦なく降り注いで暑い。


 冒険者ギルド城外支所はナルバの町の南西側にあった。もちろん城壁の外である。市場の隣にあるので生活感溢れる喧騒に包まれていた。


 造りは石造りでしっかりとしているが小さく、中はこぢんまりとしている。ただ、時間が外れたのか冒険者はあまりいないので市場よりもずっと静かだ。


 城外支所の建物に入ったユウは受付カウンターに目を向けた。3人いる受付係のうち、1人だけ手の空いている職員がいる。完全に無表情だった。


 待たずに済むのならばと思ったユウはその無表情な受付係に声をかける。


「相談したいことがあるんですが、お話をしても良いですか?」


「どうぞ」


「僕たち、東端地方に行きたいんですけれど、あんまりそこのことを知らないんで教えてもらえないでしょうか。知識があやふやなんで、できれば最初から」


「この大陸の東には東部辺境という地域がありますが、その奥に大森林と大山脈に遮られた場所があります。ここが東端地方と呼ばれる場所になりますが、船を使った海路からでないと足を踏み入れることはできません」


 そこから無表情な受付係の東端地方についての説明が始まった。


 東端地方はモーテリア大陸の東の端に位置している。大陸の中心からは分断の山脈という大山脈によって陸路の往来を阻まれ、海路によってしか連絡が取れない。しかも、東端地方の大半を蛮族の森が占め、ここを開拓しない限り発展は望めない状態だ。


 その開拓を阻むものは主に2つある。1つは、1年の半分以上が冬となる厳しい気候だ。これで作物は育ちにくく、家畜の放牧も難しい。もう1つは蛮族の存在だ。森に住む言葉の通じない蛮族たちが頻繁に入植者の町や村を襲うのである。


 このため、単独では開拓が難しいと判断した入植者たちは町や村をまとめて東端連合を形成した。これにより町や村はお互いに助け合いながら何とか開拓を進めている。


 話を聞いたユウとトリスタンはしばらく口を開けられなかった。思った以上に厳しそうな地域だと知ったからである。


 特にユウは自身が西方辺境出身なので、自分の出身地よりも厳しそうなことに震えた。もちろん、今まで南方辺境などにも行ったことがあるので厳しい環境自体は体験したことがある。しかし、厳しい寒さというのはまだ未体験なので充分に想像できない。


 夏の暑い日であるにもかかわらず、ユウは体が少しだけひんやりとするのを感じる。


 他にも色々と聞いた上で2人は一旦受付カウンターから離れた。そうして向き合って相談する。


「ユウ、たぶん行かないって選択肢はないんだろうが、本当にあんな所にいくのか?」


「う、うん。せっかく西の端からここまで来たのに、今更後には引けないよ」


「まぁそうだよな。ただ、ちょっと冒険しすぎなんじゃないかなとは思うが」


「前は大きな砂漠を越えたことがあるけど、あれだって結構危険だったから今回も何とかなるんじゃないかなぁ」


「灼熱の砂漠だったか。今度は正反対の気候ってわけだ。しかしそれ以上に、蛮族が厄介だな」


「森の中で魔物と戦うんだったら何度もやったことがあるんだけれど」


「さすがにそれと同じじゃないだろう。どう考えても対人戦だから、参考になるのは盗賊との戦いの方だろう」


 屋内の隅で2人して話をしているがあまり有益な話し合いはできなかった。そもそも今の段階では行かないという選択肢がユウにない以上、話し合う意味は薄い。どちらも心を落ち着かせるための儀式にしかなっていなかった。


 心の内にあることをすべて口にした2人は再び受付カウンターの前に立つ。ユウは無表情の受付係に目を向けられた。一呼吸置いてから話しかける。


「東端地方についてはわかりました。それで、そこに行くための船の仕事ってありますか?」


「東端地方へ向かう船の仕事は現時点ではありません」


「ないんですか? ひとつも?」


「はい。仕事を募集している船はありませんね。そもそもこの町から東端地方に向かう船が少ないですから」


「そうなると、依頼が舞い込んでくるのを待つのも現実的ではないんですか」


「はい。ここから北西にあるスチュアの町なら見つかる可能性が高いですよ。東端地方に食料を運ぶ輸送船が定期的に出ていますから、それに乗り込むことは難しくありません」


 無表情の受付係に簡単な絵地図を見せてもらったユウとトリスタンはスチュアの町の場所を教えてもらった。茶色の川を渡って一旦西のアキュムの町に行き、そこから北上することになる。


「でしたら、スチュアの町までの荷馬車の護衛の仕事はありますか?」


「護衛は傭兵の仕事ですので冒険者ギルドに依頼が申請されることはありません」


「人足の依頼はどうですか?」


「スチュアの町行きの荷馬車で依頼を申請しているところはないですね。どの依頼もアキュムの町より西側へ行くものばかりです」


「そのアキュムの町まで人足をさせてもらえる荷馬車はありますか?」


「それは荷馬車の主に直接交渉しないと何とも言えません。慣例的に言えば無理でしょうが、交渉してみる価値はあるかもしれませんね」


 客として乗り込んで途中下車をするのならともかく、目的地の途中で人足が辞めることを許可する荷馬車や隊商の主は一般的にはない。輸送途中で再び雇う苦労など誰もしたがらないからだ。


 ユウ自身もありえないという自覚はあった。それだけに当然の答えが返ってきても落胆はしない。


 徒歩しか手段がないと判明してからユウはトリスタンへと顔を向ける。


「どうしたものかな、トリスタン」


「職員さん、ここからスチュアの町まで歩いたらどのくらいかかるんですか?」


「ここからアキュムの町まで6日間、そこからスチュアの町まで9日間です。何もなければ、ですが」


「15日間か。あれ、この絵地図だと途中にボナの町ってのがありますよ?」


「ボナの町は遙かな川の向こう側にあるので、直接スチュアの町に行くのなら寄る必要はありません。ちなみに、アキュムの町からボナの町までは4日間です」


「あーそうか、町に行くなら渡し船を使うことになるわけか。これは痛い出費だな」


 相棒と無表情の受付係の受け答えを聞きながらユウは考えた。半月ここで待てば東端地方行きの船が仕事を依頼してくる可能性はあるだろう。しかし、そうでない場合は無駄に待つことになる。


 絵地図を見ながらユウは歩いても良いかなと思うようになっていた。輸送船が定期的に出ているのならば、多少間隔があったとしても我慢できる。


「トリスタン、僕はスチュアの町まで歩いた方が良いと思うんだけど、どうかな?」


「ここでいつ来るかわからない不定期船の依頼を待つよりもましってことか」


「そうだよ。ここより確実なんだったら、多少回り道をする価値はあるあると思うんだ」


「確かに」


「それに遙かな川は茶色の川と違って普通の水だそうだから、水浴びと洗濯ができそうだしね!」


「お前、本音はそれか」


 呆れたトリスタンが苦笑いした。茶色の川でやれなかったことを遙かな川でやろうというわけである。


「まぁいいか。だったらここにはもう用はないな。行こうぜ」


「ありがとうございます」


 今後の方針が決まったユウはトリスタンと共に冒険者ギルド城外支所から出た。夏の日差しが容赦なく2人を照りつける。


 それでも元気いっぱいに2人は市場へと歩いて行った。

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