酒の席での話
数日間は休むと決めたユウとトリスタンの動きは鈍かった。長旅をしている途中なので休めるときは思いきりのんびりとする。一般的な旅人だと路銀不足で頭を悩めそうだが、冒険者として稼げる2人はその点心配はない。
初日のユウは昼からトリスタンの誘いで賭場へと入った。ユウとしては付き合い半分暇潰し半分だったので少額での賭けを続ける。そのため、金銭の動きに大きな変化はなかった。一方のトリスタンは最後の最後で大負けして勝ち分をきれいさっぱり失う。
「ちくしょう! 俺の金が!」
「ほら落ち着いて。これを飲もう、ね」
夕方、半泣きのトリスタンを慰めながらユウは手近な酒場へと入った。そこで料理と酒を注文して相棒に木製のジョッキを持たせる。こういうときは酒で紛らわせるのが一番だということをユウも知っていた。自分も一緒に飲む。
しかし、トリスタンの気はそれだけでは収まらなかった。まだ発散し切れていない鬱憤を解消するために娼館へと向かう。ユウはそれを見送るばかりだった。
翌日、三の刻の鐘と共にユウは目覚める。今日は何をしようかとしばらく考えて1日中鍛錬をすることにした。今回は
そうして夕方を迎えるとトリスタンがやって来る。若干機嫌が良い。
「ユウ、飯を食いに行こうぜ」
「いいよ。博打はどうだったの? 負けてはなさそうに見えるけれども」
「何とか勝った。けど、かろうじてという程度なんだ」
「負けなかっただけ良かったんじゃない?」
「そうなんだけれど、この町の賭場は俺に合っていないのかもしれん」
首を横に振った相棒を見たユウは微妙な表情を浮かべた。そもそも相性の良い賭場というのが想像できない。ただ、この件で話をしても平行線をたどりそうな気はした。
六の刻の鐘が鳴る頃に2人は酒場の並ぶ路地へと足を踏み入れる。既に仕事帰りの人々で賑わっていた。そのせいで初夏の暑い空気が更に暑苦しく感じられる。
2人は昨日とは違う店に入った。年季の入った石造りの店内はすっかり騒がしい。あいにく、カウンターは2つ並んで空いている席が見当たらなかった。テーブル席も満席だが、ちょうど奥のテーブルがひとつ空く。
「トリスタン、あの空いた席に行こう」
「いいぞ。早く一杯飲みたいぜ」
酒精の混じった店内の熱気に当てられたユウは相棒の言葉にうなづいた。テーブル上の食器がまだ片付けられていない席にたどり着くとさっさと座る。やって来た給仕女がテーブル上を片付け終わったのを見計らって注文をした。
さすがに繁盛している時間帯だけあって料理と酒がやって来るのに少し時間がかかる。その間、やることもないのでユウとトリスタンは雑談に興じた。
そうして料理がやって来るのを待っていると2人に人影が差す。どちらもそちらへと顔を向けると行商人風の男が立っていた。あまり印象に残らなさそうな風貌をしている。
「お二人さん、相席よろしいですかね? カウンター席も埋まっちゃってどこも座れなさそうなんですよ」
「ああはい、良いですよ」
「助かった! もう喉がカラカラで早くエールを飲みたかったんですよねぇ」
ちょうどやって来た給仕女がテーブルに料理と酒を置く脇で行商人風の男が笑顔を浮かべていた。去ろうとする給仕女に自分の注文を告げる。
「あっしはダンカンって言います。見ての通りしがない行商人ですよ」
「僕はユウ、冒険者です。
「俺はトリスタン、ユウの仲間だよ」
「傭兵とは違うと思っていましたが、冒険者でしたか。あっしは今日この町に着いたばかりなんですけど、お二人は?」
「僕たちは昨日です。船の護衛兼船員補助をしていたんですよ」
「あの仕事ですか。でもあの仕事って、物騒な上にきついって聞いてますが」
「確かにそうですけど、そもそも冒険者の仕事ってそういうものですから」
「そうだよな。俺たちの仕事ってそんなもんだ。ま、稼げるからいいんじゃないかな」
「なるほどねぇ。お、来た来た!」
先に始めていたユウとトリスタンから目を離したダンカンは給仕女から木製のジョッキを受け取った。すぐに口を付けると一気に傾ける。そうして口から大きな息を吐き出した。
そこから3人で飲んで食って話すのちょっとした宴会が始まる。ユウが故郷を離れてからの旅路を楽しそうに話し、トリスタンは自分の冒険譚を語り、ダンカンが自分の商売についてしゃべった。
さすがに商売人だけあってダンカンの口はよく回る。それだけに3人の席は盛り上がった。久しぶりに楽しい夕食となる。
「いやぁ、お二人のお話は面白いですねぇ! あっしもいろんな所を回ってますけど、それ以上だ」
「貧民だったときに行商人志望の後輩がいましたけれど、今はダンカンみたいにあちこち回っているのかもしれないですね」
「おお、あっしの後輩みたいなのがいるんですか。そりゃうかうかしてられないですね」
「ユウの後輩かぁ。俺も会ってみたいなぁ」
何杯目かの木製のジョッキを空にしたトリスタンが大きく息を吐き出した。顔は赤いがまだ平気そうだ。
飲むよりも食べる方に集中していたユウもまだ充分に余裕があった。一旦口を閉じるとある程度冷めた肉を大きく切り取って口に入れる。手に付いた油も舐め取った。
そんなユウに対して顔を赤らめたダンカンが話しかける。
「そういえば、さっきユウは東の果てに行くって言ってましたよね。もしかして歩いて行くつもりですか?」
「そのつもりですが。でも、機会があれば船に乗るかもしれませんよ」
「うーん、あっしの知ってる東の果てと同じ場所でしたら、船を使わないと行けませんよ」
「ええ!?」
意外な話を耳にしたユウは目を剥いた。トリスタンも同じ表情をしている。時間はかかっても歩いて行ける場所だと漠然と考えていたのだ。
若干呆れた様子のダンカンが2人に説明する。
「なんか途中で立ち往生しそうに見えるんで教えますよ。あっしらが今いるこの場所ってのはモーテリア大陸っていうでっかい島の東側なんですよ」
「確かこの町から見える海が東モーテリア海でしたっけ」
「ユウの言う通りです。大陸の東側にあるから東モーテリア海って言うんです。それで、確かにここから北にうんと進んで更に東へ向かえば東部辺境っていう場所にはたどり着けるんですが、実はここはまだ東の端じゃないんですよ」
「え、辺境って名の付く場所なのに果てじゃない?」
「そうなんですよ。実はその奥にもうひとつ、東端地方っていう場所があるんです。これがこのモーテリア大陸の東の端なんです。でも、ここは深い森と険しい山に阻まれて歩いては行けないって話なんですよ」
「だから船でないと行けないんですね」
テーブルの上にダンカンが指で描いた地図を頭の中に思い浮かべながらユウはうなずいた。最果ての地は一筋縄ではいかないものだと感心する。
その後も、ユウとトリスタンは東端地方では蛮族との戦いが激しいなどという話も聞いた。色々と曖昧な点も多いが酒の席の話なのである程度は仕方ない。
そんなダンカンが別の話題を2人に振る。
「そうそう、実はちょっと人を探していましてね、初めて会った人に必ず聞いて回ってるんですが」
そういう断りと共にダンカンがとある人物たちについて2人に問いかけてきた。せっかちな行商人、気難しい職人、朴訥な農民、平凡な吟遊詩人などとまったく関連性のない人々である。
「どうです、そういう人物に心当たりはありませんか?」
「僕は見たことないですね。トリスタンは?」
「ないな」
「どういう人たちなんですか?」
「実はですね、こいつら、故郷の村の知り合いなんですよ。特に仲が良かったんですけど、戦争で散り散りになっちゃってねぇ。それ以来、半分は諦めつつも、もう会う人会う人に尋ねるのが癖になってしまっていて」
「ああ、それは」
何といって良いのかわからないユウとトリスタンは黙った。少しの間場が静まる。周囲の喧騒がやけにうるさく聞こえた。
その中でユウが最初に口を開く。
「それは、大変でしたね。僕は戦争じゃないですけれど、盗賊に襲われて故郷を失いましたから、気持ちは少しわかります」
「え、そんなことがあったんですか! いやぁ、これは申し訳ない。自分が世の中で一番不幸だと思っちゃダメですよね。深く反省しないと」
「別にそこまで思わなくても良いですよ。僕も自分の境遇がそこまで珍しいとは思っていませんから」
「うん、この湿っぽい話は終わりにしましょう、ね!」
どうにも話しづらくなってきたユウとトリスタンはダンカンの言葉にうなずいた。気分と話題を切り替える。
その後、3人は夜遅くまで楽しく宴会を続けた。
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