大山脈東端の港町

 魔物の襲撃を乗り越えた『自由の貴婦人』号は次の港町であるティッパの町にたどり着いた。ノースホーン王国の東端に位置するこの港町は船舶の補給拠点として重要である。また、大角の山脈の東端にもあるこの港町は、南にある北ブレラ海と北にある東モーテリア海の玄関口でもあった。


 港の桟橋に横付けされた『自由の貴婦人』号から碇が降ろされると水しぶきを上げて海中に沈んだ。それから船員によって船首と船尾から縄が放たれると、桟橋に飛び降りた別の船員が係船柱ボラードに巻き付ける。これで停泊完了だ。


 その間、船上では船員たちが帆を畳み、ロープを調整し、その他下船するための準備を整えてゆく。冒険者の3人も当然手伝いをしていて、ユウはフィデルと共に夕飯の準備をし、トリスタンとエリセオは船員について回って力仕事を手伝った。


 夕飯を終えると後は自由時間だが、下船できるのは翌朝からだ。冒険者たちが他の船員たちから聞いた話ではこの船特有の習慣らしい。理由まではわからなかった。


 下船を楽しみにしながら船で一泊した翌朝、ついに下船許可が下りる。船長のアニバルから報酬を受け取り非番の船員が次々町へと向かっていった。


 その中にはユウたち3人も含まれる。自分の荷物を持って笑顔で船長の前に立つと1人ずつ自分の報酬を手にした。


 金額を確認したユウがアニバルに質問する。


「今回の休暇は3日間なんですね?」


「そうだ。船員の募集はしないといけないが、停泊期間を延ばすほど切羽詰まってるわけじゃないからな。いつも通りだ」


「新しい人が来ると良いですね」


「まったくだ。ともかく、お前たちは思い切り羽を伸ばしてこい」


 船長の後押しを受けたユウたち3人は桟橋に下船した。これから3日間は自由だ。


 岸壁の石畳まで歩くとエリセオが他の2人に話しかける。


「ユウとトリスタンはこれからどうするっすか?」


「う~ん、まだ三の刻前だからね。どうしたものかなぁ。ああそうだ、鐘が鳴るまでは町の郊外で鍛錬でもしていようかな」


「マジメっすねぇ」


「そんなこと言ってもやることがないじゃない。エリセオはどうするの?」


「難しいっすね」


「どうせなら、3人で模擬試合でもしないか? 三の刻まで。いつも俺とユウばっかりだったから、たまには変化がほしいんだ」


 トリスタンの提案に目を丸くしたユウとエリセオだったが、店が開くまでの時間を潰せる提案を他にはできなかった。


 ティッパの町の東側にある貧民街の向こう側には原っぱが広がっている。ユウたち3人はそこに移ると背嚢はいのうを降ろした。残念ながら周囲には適当な木の枝がなかったので、模擬試合は素手ですることになる。


「うわ、ユウと素手でやるのか」


「どうしたんすか、トリスタン?」


「俺、剣以外だとあんまりユウの相手にならないんだよ。素手だといっつもやられるし」


「へぇ、そんなに強いんすか。それじゃ1回やってみようっすかね」


 嫌そうな顔を浮かべたトリスタンにエリセオが不敵な笑みを向けた。元々3人で模擬試合をするつもりなのでトリスタンもそれ以上は何も言わない。


 話の流れで最初の模擬試合はユウとエリセオがすることになった。試合の規則は頭部と急所への攻撃はなしである。


 2人が対峙するとトリスタンが始めの合図を宣言した。それを機にまずはエリセオが積極的に攻めてゆく。右拳と左拳を軽快に振った。


 攻められたユウは何歩か後退してエリセオの拳を躱す。今のところ反撃はしていない。しかし、調子に乗って更に攻撃してきたところを狙い、右腕を掴む。次いで足を払って地面に転がした。そうして馬乗りになる。


「そこまで!」


「なんすか今の? 流れるように転がされたっすよ。魔法でも使ったっすか?」


「違うよ。あれは格闘術の1つなんだ。師匠に教えてもらったんだ」


「あんなのあるっすか。ぜひ教えてほしいっすよ」


「良いよ。でもその前に、トリスタンと1回試合をしたら?」


「そうっすね! トリスタンには勝つっすよ!」


 目を輝かせたエリセオがユウに引き起こしてもらって立ち上がった。そうしてやる気を見せながらトリスタンと対峙する。一方のトリスタンもにやりと笑って拳を構えた。


 今度はユウが審判役となって開始の合図を宣言する。そうしてトリスタンとエリセオの模擬試合が始まった。最初は牽制から始まって本格的な殴り合いに移り、更には相手を地面に倒そうとしていく。見ていて結構楽しい一戦だ。


 しかし、戦っている2人は今や真剣だ。相手の隙を窺い、殴り、掴み、引っかけ、押し倒そうとする。実力は伯仲しているようでなかなか勝負は付かない。


 そんなトリスタンとエリセオの模擬試合だが、やがて終わりのときがやって来た。一瞬対応できなかったエリセオがトリスタンに腕を極められて動けなくなったのである。


「そこまで!」


「よっしゃ、勝ったぁ!」


「ちくしょう、また負けたっすよぉ!」


「はっはっは、いい試合だったな!」


「それは勝ったから言えることっすよ。負けたらクソっす」


 満面の笑みのトリスタンにエリセオが大きなため息をついた。確かに負けて面白いということはあまりない。


 ともかく、模擬試合を2回したところで、エリセオの希望からユウが格闘術を教えることになった。余程悔しかったらしく、四の刻の鐘がなるまで教えることになる。


 区切りを付けた後、3人は激しい運動をして空腹になったので酒場に寄って食事をした。そのときに昼から何をするか話し合う。


「朝はユウに格闘術を教えてもらって疲れたな。昼からは真面目に遊びたいぜ」


「それじゃ、一緒に賭場に行くっすよ。ユウも行こうっす」


「僕は遠慮するよ。どうも賭け事は合っていないみたいなんだ」


「あー、それならしょうがないっすね。だったらトリスタン、一緒に行こうっす」


「いいぞ。でもこの町は小さいからな。賭場があるといいんだが」


 テーブルを囲んで3人はこれからの予定を組み上げていった。


 食事が終わると、ユウは仲間2人と別れて貧民街の市場へと向かう。相棒が言っていたようにこの町は大きくないので、貧民街も市場もこぢんまりとしたものだった。それでも市場が成立していることからそれなりの人がいるわけだが、店や屋台の数は少ない。


 あまり期待せずにユウは目的の物が買えるか店の中に入っていった。


 雑貨屋に入ったときは羊皮紙の程度を確認してみる。見た目からして質が悪く、持って見ると端から砕けてしまいそうに思えてすぐに棚へと戻した。前の港町よりもひどい。これならば、エンドイントの町で町中に入ったときに武器のついでに買っておけば良かったと後悔する。


 次いで薬屋に入った。期待できなさそうというより、もはや胡散臭い雰囲気だ。店主の態度の悪さもあるだろうが、店内の印象が悪すぎた。この店からはすぐに出る。


 他には露店を巡ってみた。さすがに食べ物はまともらしいことにユウは安心する。ただ、柑橘類を買うのは最終日だ。なので店の場所だけ覚えておく。


 こうして五の刻の鐘が鳴る頃には貧民街の市場を一通り回り終えた。確認作業も大体終えたわけだが、あまりにも早すぎる。時間が余ってしまった。


 市場から出たところユウは立ち止まる。そうして悩んだ末に冒険者ギルド城外支所へ行くことにした。何かを期待してというよりも完全に暇潰しである。


 ティッパの町の城外支所は小さかった。中にはあまり人がおらず活気もない。全体的に沈んだ印象がする。受付カウンターの向こうに座る職員は老人だった。近所の家の前でひなたぼっこをしているような穏やかな人物に見える。


 行列もないのでユウはその老職員に近づいた。そうして声をかける。


「聞きたいことがあるんですけど、今よろしいですか?」


「おう、構わんよ」


 意外としっかりとした声で返答してくれた老受付係にユウはこの辺りについて聞いた。


 それによると、ティッパの町の冒険者の仕事は大角の山脈からやって来る魔物の討伐が中心らしい。山の魔物をある程度間引かないと町の近辺にまで現れるから、魔物討伐の依頼が多いということだ。しかし、報酬額を聞いてみるとユウの感覚では安く感じる。


 もちろん船に関する仕事も随時募集していた。条件は他の港町と変わらない。ただ、冒険者の数が多くないので引き受け手は少ないのだという。


 この時間帯は暇だということでユウは老受付係と雑談に興じた。身になる話は大してなかったものの、夕食時までの暇潰しにはなる。


 こうしてとりあえず初日は色々とやることをやって終わった。しかし、2日目と3日目は自伝もどきも書けなかったので暇を持て余し、鍛錬を断続的にする。船に戻るという案もあったが、休みのときくらいは陸で眠りたかったので却下だ。


 結局、ユウはまたもや休み方で困ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る