きれいな声で歌う魔鳥
一般的な商船が多数往来する場所を航路と呼ぶ。ここを通れば費用を抑えられたり危険を避けられたりするのだ。そのため、たまにすれ違う船を見かけることがある。以前のように自船へ急速に寄ってくるのならば警戒する必要があるが、進路が自船以外を向いているのならば安心だ。
『自由の貴婦人』号が現在進んでいる場所はその航路の途中だ。魚の魔物に襲われた場所辺りからは左舷の向こうに見える陸地に変化がある。大角の山脈の麓に差しかかるので海岸が砂浜から崖に変化するのだ。ここからティッパの町の手前までの海域は比較的海の魔物が多いことで知られている。運の悪い船は何度も襲われるので船乗りからは嫌われていた。
それでも大きな利益を手に入れるためには挑戦しなければならないときがある。『自由の貴婦人』号と船長のアニバルにとっては今が正にそのときなのだ。船員たちもそれに付き合うわけである。
冒険者ギルドの依頼によって船に乗り込んだユウ、トリスタン、エリセオも船員たちと変わらない。いや、何かあったときは矢面に立つことを要求される場合もある。正に、船員たちとはまた違う理由で命を的にしているのだ。
そんな冒険者であるユウたち3人は今現在、船内の倉庫で船の器具をきれいに磨いている。甲板の掃除は終わったので次の作業をしているのだ。
のんびりとした様子で器具を布で磨くエリセオがユウに話しかける。
「ユウ、炊事の作業ってあるじゃないっすか。あれってどんなことをしてるんすか?」
「倉庫から樽と木箱を調理場に持っていって、そこで塩漬けの肉を均等に切り分けて、それから甲板でみんなに配っているよ」
「あんまり大したことをしてないように聞こえるっすね」
「お肉を均等に切り分けるコツがあるんだけど、それ以外は確かに難しくないかな」
「それじゃ、オレが代わりにやってもいいっすか?」
「なんでまたやりたがるの?」
「楽そうだってのもあるんすけどね、ほら、誰も見ていないときにちょっと口に入れてもバレなさそうじゃないっすか、へへへ」
「カミロに聞いたことがあるけど、あの炊事の担当って、そういうことをしない人を選ぶそうだよ」
「ちぇっ!」
面白くなさそうにエリセオが舌打ちした。やや乱雑に器具を磨く。
そんな仲間を見ながらユウは内心でため息をついた。他にも、要領の良すぎるエリセオには役得のあるような作業は任せられないとカミロから教えられたことがある。不正をせずに真面目に働かせるためにもその方が良いとのことだ。
今のエリセオの言葉を聞いて、ユウはカミロが正しかったことを実感した。
器具磨きの作業を終えたユウたち3人は甲板へと出る。次の作業の指示を求めるためにカミロかディエゴを探そうとしたのだが、薄い霧に覆われていて視界が悪い。
それでも何とか船首側に船員の1人と一緒にいたカミロを発見したユウはそちらへ向かおうとした。しかし、波の音や風の音の他に何かが聞こえた気がして足を止める。
「あれ?」
「ユウ、どうした?」
「え、いや、何か聞こえない? これって、女の人の声? 歌?」
「は? 女なんてこんなところにいるわけ」
訝しげな表情のトリスタンが反論しようとして途中で口をつぐんだ。エリセオも空の方を見上げている。
一旦船へと視線を戻したユウはカミロたちが慌てて自分の方に向かって来るのを目にした。何を慌てているのかわからない。しかし、次の叫び声を聞いて目を見開く。
「
血走った目を向けてくるカミロと船員の1人の声を聞いたユウたち3人は目を剥いた。しかし、その言葉の意味を理解すると急いで懐の耳栓を取り出して耳に突っ込む。
美しい歌を歌って人間を誘き寄せて食い殺すという魔物と話には聞いていたが、ユウはとてもそんな風には思えなかった。姿を見れば考えが変わるのかもしれないが、今は危機感があまり湧いてこない。
隣に立つトリスタンとエリセオもとりあえず耳栓はしていたが戸惑いの表情を浮かべている。次の行動に移れないでいた。
そこへカミロがやって来る。強引に引っぱられ、突き飛ばされながら船内へと入れられた。そうして耳栓を片方外して怒鳴られる。しかし、何を言っているかわからない。一瞬訝しげな表情を浮かべたカミロにユウは右耳を触られた。耳栓を取られると声が聞こえるようになる。
「
「は、はい」
「とりあえず自分の武器を持ってこい。あいつらは空を飛んでるから弓矢以外だと届かないが、矢を受けて落ちたヤツにとどめを刺す必要があるからな。行け!」
耳栓を返されたユウは戸惑いながらもうなずいた。カミロが他の船員に危険を知らせるために離れてゆくと、仲間2人に振り向く。たった今耳栓を外したばかりだった。伝えられたことをトリスタンとエリセオにも話すとユウは仲間と共に倉庫へと向かう。
片耳の耳栓を外したまま自分の武器を手にすると3人で向かい合った。最初にトリスタンが最初に口を開く。
「魔物への警戒心がなくなる歌声か。これは厄介だな」
「声を使って話ができないのも困るよね。ちょっとしたことならまだしも、さっきのカミロみたいに説明したいときは伝えられないから」
「それにしても、
「試す気にはなれないけどな」
「それじゃ甲板に行こう。みんな、耳栓は忘れないように」
再び両耳に耳栓をしたユウたち3人は甲板に出た。既に船員が何人もいる。全員耳栓をしているおかげで惑わされている者はいないようだ。
甲板に出ている船員たちが顔を向けている方へとユウたちも目を向けると、前方から1隻の船が霧の奥から近づいてくるのが見えた。耳栓をしていないと歌声がはっきりと聞こえてくる。その船の上に頭部が女性で首以下は鳥の姿をした魔物が飛んでいた。
『自由の貴婦人』号はその船から離れる進路に舵を切ったのがわかった。近づいても良いことはないので当然だろう。しかし、遅かったようだ。海上ではすぐ近くと言える距離まで相手船に近づいていた。相手船の上を飛んでいた
向かってきてた船は斜め後ろに去りつつあるが、もはやそれどころではない。余計なお裾分けをもらった『自由の貴婦人』号は新たな脅威に対処しなければならないのだ。
奇っ怪な姿の
弓を持たない船員とユウたち3人はその様子をじっと眺めているだけだ。自分は何もできないので実にもどかしい。たまに甲板近くまで降りてくる
このままではいたずらに時間が過ぎるだけだと考えたユウは自分の思い付いた案を誰かに伝えたかった。しかし、耳栓をしている今はそれができない。しばらく考えた末に、少し離れた場所で矢を射ていたディエゴの肩を叩く。振り向いて訝しげな表情を向けてきた仲の良い船員を船内まで引っぱると扉を外して耳栓を外した。ディエゴも耳栓を外したのを見て口を開く。
「全員で1匹の
「考えたこともなかった。やってみよう」
一瞬呆然としたディエゴだったがすぐに納得して頷いた。耳栓を耳にはめ直して外へと出ていく。
甲板に出たディエゴは弓を持った船員を集めて1匹の
事態が大きく動いたのは、船員たちが時間差で矢を射かけるようになってからだった。相手の回避先がどこかを見てからわずかに遅れて矢を放つのだ。そのうち、ディエゴの矢が1匹の
危機を脱した船員をはじめ、ユウたち3人も歓声を上げた。
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