いつもより長い停泊(後)
休暇初日の昼下がり、ユウは貧民街の市場にやって来ていた。前の港町の市場に比べるとその規模は小さいが活気はある。
そんな市場の中をユウはゆっくりと歩いて回った。初めての場所を見物しているというのもあるが、今日は必要な物を買うために店を探しているのだ。露店や屋台のある場所を通り過ぎた後、店舗の並ぶ路地へと足を踏み入れる。まずは一通り覗いてみた。
あまり数はなかったので一旦すべて見回った後、ユウは1軒の薬屋に入る。小さい店舗でカウンターの奥に老人が座っていた。かすかな薬の臭いが漂っている。
「薬を買いたいんですけど、見せてもらえますか?」
「何の薬だ?」
「痛み止めの水薬と傷薬の軟膏、それに包帯です」
ほしい物をユウが伝えると老店主はカウンターの上に大小の瓶を1つずつと包帯1巻を置いた。
最初にユウが手に取ったのは包帯だ。いろんな角度から見て、更に感触も確認する。今持っている包帯と比べて作りが雑そうに思えた。貧民街にある店なのでこの程度なのは理解しているが、自分で使うとなると少し躊躇ってしまう。
次に大瓶の蓋を開けた。傷薬の軟膏が入っている。今持っている軟膏とは少し色が違う。かつて知り合いの薬師に教えてもらったことを思い出し、この軟膏はあまり良くないことに気付いた。
最後に小瓶の蓋を開けて中を覗く。こちらは色も臭いもよくわからない。ただ、先の2つの質を考えると、これだけがまともだとはとても思えなかった。
一通り確認してどうしたものかとユウは悩んだ。いつも買っている医薬品に比べて品質は落ちる。そういった物は普段だと避けているのだが今は手持ちが残り少ない。他の薬屋は論外だったので、ここで買えないとなるとこれからの航海に不安がある。もちろん『自由の貴婦人』号にも備えはあるのだが、この薬屋と同じ程度の品質の医療品しかなかったのであまり使いたくはないのだ。
難しい顔をしたユウはかなり悩んだ後、老店主に顔を向ける。
「痛み止めの水薬を買います。小瓶は持っているのでその中に入れてもらえますか」
「3回分が銅貨2枚だよ」
小瓶3本と銅貨2枚をユウはカウンターの上に置いた。老店主が銅貨を手にしてから小瓶に水薬を詰めていくのをぼんやりと見る。
やはり品質の低い医療品をユウは買いたくなかった。それに、同じ品質なのであれば船の備えの物を使えばよい。仕事中の負傷なら無償で使えるからだ。
痛み止めの水薬の入った小瓶を懐に収めたユウは薬屋を出た。いつの間にか緊張していたらしく体の力が抜ける。
小さく息を吐いてからユウは歩き始めた。次は何をしようかと考える。今のところ他の買うべき物は柑橘類だけだが、これは休暇の最終日に買う予定だ。保存期間が限られているので出港ぎりぎりに買う方が好都合なのである。
買い物が一段落した後は、次に休暇で何をするか考えた。傷のことを考えれば安静にするのが一番だが、6日間もずっと宿で寝転がっているというのはさすがにつらい。だからといってやれることは限られていた。何しろ激しい運動は控える必要がある。模擬試合はこの休暇でやれそうにない。鍛錬は軽くなら良いのだろうが、そうなると長い時間は潰せないことになる。
「意外にやることがないな」
暇潰しの手段を潰されたユウは渋い顔をした。他に何かないかと考え続ける。そして、ようやく1つ思い至った。自伝もどきの執筆だ。あれならば体を動かさずに暇を潰せる。羊皮紙が何枚くらい残っているかを思い返したユウは、少し買い増した方が良いかなと思った。そこで今度は雑貨屋へと足を踏み入れる。
この市場にある雑貨屋を回ってみたところ、いずれも羊皮紙の質は悪かった。何年もしないうちにぼろぼろになるような羊皮紙はさすがに買いたくない。別に差し迫っているわけでもないので今は買うのを断念した。ということで、次に自伝もどきを書くときは手持ちの羊皮紙で何とかすることになる。
そうやって色々と考えながらぶらぶらと歩いていると、貧民街の市場で見知った人物を見かけた。カミロだ。
まだ気付いていないカミロにユウから声をかける。
「カミロ! 今日から非番なんですか」
「お、奇遇だな。だが、非番じゃないんだよ。船に必要な物を買い付けているんだ」
「貧民街の市場でいつも買うんですか?」
「飯の材料や船の部品は商会から直接買うが、安く済ませられるやつはこっちで買うんだよ。特に今回は海賊の襲撃で出費がかさむからな」
船に積み込む物は商品であれ道具であれ大量なので、ユウはてっきり商会で仕入れているとばかり思っていた。しかし、今のカミロのように費用を抑える努力もしていると知って感心する。
「薬も商会で仕入れているんですか?」
「一応な。ただ、どうしても他の飯や備品と比べると優先順位は下がってなぁ。金を渋りがちになっちまうんだ。いや、前の海賊の襲撃みたいなことがあるから必要なのはわかってるんだぞ。でも先立つものがないとな」
「だから品質がもうひとつな薬が多かったんですか」
「お前、薬の良し悪しなんてわかるのか?」
「知り合いに薬師がいたんで、少し教えてもらったことがあるんですよ。もちろん専門家じゃないですから限度はありますけど」
「そんな知り合いがいたのか。オレなんて、買い付けを任されて見よう見まねで覚えたってのに」
ユウの話を聞いたカミロが羨ましそうな顔をした。
その後、少し雑談をしてから仕事の途中だったカミロとユウは別れる。特にやることもなくなったので宿に戻ることにした。
翌日、ユウはトリスタンとエリセオに誘われて賭場に行くことになった。これがトリスタンだけなら断れたのだが、エリセオの積極的な誘いは躱しきれなかったのだ。
不安そうな顔のユウは仲間2人に案内されて賭場へと入る。薄暗い上に何やら空気も悪い感じがして少し息苦しい。しかし、そう感じているのはユウだけのようで、トリスタンとエリセオは平気な様子だった。
何をどうして良いのかわからないユウはトリスタンに顔を向ける。
「ここで、どうやって遊ぶの?」
「まずは金を札と交換するんだ。この札は
「ユウは初めてだから、鉄札と銅札から始めたらいいっすよ」
換金所という場所に案内されたユウは厳つい顔の店員にいくらかの金銭を渡した。すぐに相応の札を手渡される。
「これを賭けるんだ。それで、これからどうしたらいいの?」
「
「どっちも知らないからわからないよ」
「マジっすか」
エリセオに目を見開かれたユウだったが、今までやったことがなかったので返事ができなかった。
ここの賭場では、カードゲームといえば
もう1つのダイスゲームは
教えてもらったユウはカードゲームをすることにした。特に理由はない。何となくそう思っただけだ。
3人で仲良く並んでとある席に座ると早速ゲームが始まる。ユウの手元に配られた木の札を見ると7と3だ。もう1枚札をもらうと8、合計で18である。
他の2人も手札の調整を終えると賭け金の提示だ。ユウは銅札1枚を突き出す。客全員が賭け終わると数字を一斉に曝した。親が17、ユウが18、トリスタンが16、エリセオが15だ。つまり、ユウの勝ちである。
「勝ったの?」
「そうだぜ! やるじゃないか、ユウ!」
「18かぁ。これだったらもっと強気で賭けてもよかったと思うっすよ」
仲間からの賛辞と助言を得たユウは曖昧にうなずいた。勝って嬉しいことは嬉しいが、同時に困惑もしていた。
その後もユウは賭け事に興じたが勝ったり負けたりを繰り返す。賭け金が少ないこともあって、基本的には大勝ちも大負けもしない遊び方だった。手持ちの札の数はほとんど変わらない。
トリスタンとエリセオが一喜一憂しているのをユウは見る。こんなにのめり込む気持ちはわからない。自分には賭け事は向いていないんだろうなとぼんやりと思う。これなら鍛錬をしている方がまだ楽しい。
鐘の音が鳴る頃、手元の鉄札と銅札の数が遊ぶ前と一致したことにユウは気付く。この辺りで止めておくことにした。
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