戦いの後始末
海賊の襲撃を撃退した後の『自由の貴婦人』号はひどい有様だった。左舷中央の上部が損傷し、甲板の上は敵味方の死傷者であふれ返っている。もちろん、甲板そのものも矢や刃物で傷付き、血などの体液で汚れていた。
また、船だけでなく、船員にも死傷者は出ている。数十人の海賊に襲われたのだ。さすがに被害なしというわけにはいかなかった。
海賊船が離れてゆく中、船長のアニバルが叫ぶ。
「カミロ、ディエゴ、ガスパル、エルナンド! 点呼を取れ! 生きてるヤツで動けるヤツと動けないヤツを確認しろ!」
虚脱状態に陥っている船員もいる中で、船長の声に反応した主立った船員たちが船の中を歩き回った。生きている船員は声をかけられると反応する。
冒険者であるユウ、トリスタン、エリセオの3人も点呼の対象だった。カミロがやって来て声をかけてくる。
「3人とも無事か」
「何とか生きています」
「俺も。ただ、ユウは背中に怪我をしているみたいですが」
「オレは無傷っすよ!」
「ユウ、平気そうに見えるが、実はまずいのか?」
「何かの拍子に背中を切りつけられたみたいですけど、深手じゃないみたいです。今からトリスタンに治療してもらおうと思っていますけど」
「その方がいいな。動けるんなら後片付けをしてほしいが」
「動けるうちはやります。熱が出たりしたら休ませてもらいますが」
「それでいい。また後でな」
倉庫へ行くことを告げたユウはカミロと別れ、トリスタンとエリセオを伴って倉庫へと向かった。意識するようになると痛みを感じてくるので実に不快だ。
傷の痛みに悩まされながらも倉庫に入ったユウは自分の
「トリスタン、背中の傷ってどうなっているかな?」
「斬られてはいるが、深手ではないな。けれど、まだ血は出てるぞ。早く治療しようぜ」
「水袋の水で傷口を洗ってから、傷薬の軟膏を塗って包帯を巻いてほしいんだ」
「いいぜ。えっと、これは、うつ伏せに横になってくれた方がやりやすいかな」
「わかった。こんな感じでいいかな」
少し迷ってから、ユウは脱いだ上の服を床に敷いてその上に寝そべった。痛む傷口のせいで表情は硬いままだ。
道具を受け取ったトリスタンは治療を始めた。最初に、エリセオに手伝ってもらって水袋から垂れ流した水で自分の手を洗う。次いで、手拭いに水をひたして傷口とそのの周りをきれいに拭う。更にきれいになった傷口に軟膏を塗り、ユウに座り直してもらってから最後に包帯を巻いた。その間、ユウは耐えるような表情を見せていたが、ときおりわずかにうめき声を上げる。
それでも治療は終わった。大きな息を吐き出したユウが礼を述べる。
「トリスタン、エリセオ、ありがとう」
「大したことないよ。それに、仲間だしな」
「オレは水袋持っただけっす。それにしても、こんな丁寧に治療するんすね。適当に水をぶっかけて、包帯をさっと巻くだけかと思ってたっすよ」
「ユウに教えてもらったんだ。これでも何回も練習したんだぞ」
「ユウはどこでこんなの教えてもらったんすか?」
「先輩の冒険者にだよ。がさつに見える人たちだったけど、仕事ぶりは丁寧だったんだ」
「へぇ、いい先輩だったんすねぇ」
羨ましそうな表情をエリセオが顔に浮かべた。この感想にトリスタンもうなずく。
自分の先輩を褒められたユウが嬉しそうに道具を片付けた。そうして痛み止めの水薬を1つ取り出して飲む。じんわりとした痛みがまだ続いているのだ。
トリスタンもかすり傷をしていたので簡単に治療すると、ユウたち3人は再び甲板に出た。外の様子は倉庫に行く前とほとんど変わっていない。しかし、船員の負傷者は甲板の一角に集められて治療されていた。その治療の様子はというとなかなか雑である。
ともかく、甲板に出てきたのならば何かしないといけない。近くにいたディエゴに近寄るとユウが話しかける。
「ディエゴ、僕たちにできることはある?」
「お前らか! だったら海賊の生き残りで死にかけてるヤツらをあっちの隅に集めてくれ」
「治療でもするんですか?」
「まぁ止血くらいはしてやるさ。貨物倉が血だらけになると後で掃除が大変になるからな」
嫌な笑い方をしたディエゴがユウに返答した。戦いの興奮がまだ抜けていないようだ。
指示を得たユウたち3人は甲板に倒れている者たちを順番に見て回った。大半が死体である。その中には見知った船員もいた。精神衛生上あまりよろしくない。
負傷して倒れている海賊で生きている者は意外に少なかった。甲板の上を一通り見てわずか3人である。見つける度に3人で運ぶわけだが、これがなかなか重たい。
海賊の生き残りは一部の船員に任せてディエゴの元に戻ると、船長の前まで連れて行かれた。そうして、アニバルから直接告げられる。
「今回はよくやってくれた。オレも少し見ていたが、なかなかの働きぶりだったぞ。船員からも話は聞いてる。そこでだ、お前らとの契約に従って、倒した海賊の人数だけ追加報酬を支払う。また、その倒した海賊の持ち物はお前たちのものだ。甲板の上の死体を片付ける前に、自分がどの海賊を倒したのかディエゴに申告してくれ」
船長からの宣告で、ユウたち3人は自分たちの戦果を確認することになった。この確認方法は荷馬車の護衛のときと同じである。そこで、1人ずつ誰を倒したのか確かめていった。その結果、ユウが10人、トリスタンが5人、エリセオが7人と判明する。そして、その所有物はすべて当人の物になり、必要があれば船長が買い上げることになっていた。
それが終わると、敵である海賊の死体を海に捨てる作業をする。船の各部位を点検している者や味方の負傷者の手当てをしている者、それに海賊の生き残りを監視している者を除いた者たちがその作業に当たった。つまり、ほとんど冒険者だけである。ちなみに、船員の死者については甲板の一角に寄せて、後にきちんと水葬することになっていた。
ユウたち3人は左舷の縁が破損した部分から海賊の死体を放り投げる。正確には、3人で左舷の破損した場所まで死体を持っていき、トリスタンとエリセオが海に投げ捨てるのだ。負傷しているユウの負担をできるだけ軽くするためである。
しかし、それでも負傷直後に動くのは無茶だったようで、死体を3分の1程度投げ捨てたところでユウの顔は青くなった。さすがにそれを見たトリスタンが心配する。
「おい、ユウ、お前もう無理なんじゃないか?」
「僕もそう思う。悪いけど横になってくる。ディエゴ」
「ああわかってる。そんな真っ青な顔のヤツを働かせようとは思わんよ。早く寝ろ」
許可をもらったユウはゆっくりと船内へと向かって歩いた。痛み止めの水薬の効きも良くない。船員室に入ったユウはすぐに寝台に横になると気を失うように眠った。
海賊に襲撃された翌日、ユウは漫然とした寝不足に陥った。さすがに負傷初日に動き回ったのが祟ったのか、傷の痛みで浅い睡眠を繰り返してしまったのだ。患部をトリスタンに背中を見てもらうと、包帯が赤黒くなっていたので再び拭いて新しい包帯を巻き直してもらった。痛み止めの水薬も再び飲んで今度こそおとなしくする。
その間に、たまにユウに話しかけてくる者がいた。大抵はトリスタンとエリセオだが、船員も話しかけてくる。
カミロもその1人だった。海賊の襲撃から3日目の昼下がりにユウの元へやって来る。
「気分はどうだ?」
「だいぶましになりました。甲板の掃除はどうなりました?」
「トリスタンとエリセオが率先してやってくれたよ。今は人手が足りないからな。事実上あの2人だけだ」
「悪いことしたな」
「お前は本来の仕事で充分な働きをしたんだからそのまま寝てればいい」
「でも暇なんですよ」
「気持ちはわかるが、今のお前が動いてもあまり役には立たんだろう。次の港にはあと2日で着く。そのときまでは寝てろ」
「船員で死んじゃった人がいましたね。結局何人なんですか?」
「死んだのは6人だ。他にも重症で仕事に復帰できなくなったヤツが5人いる。後は軽傷者が10人近くだ」
「結構いるんですね」
「海賊に襲われた割にはこれでしのげたのは悪くない結果だ。それでも、次の港町で船員を募集しなきゃいけないのはきついがな」
「たくさん来るといいですね」
「そうだな。ま、それはこっちの仕事だ。気にしなくていい」
その後もしばらくカミロと雑談をしてからユウは再び1人になった。人と話をしたことでいくらか気が紛れる。動けない身としてはちょうど良い暇潰しだ。
船体が規則的に揺れる中、ユウはゆっくりと目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます