船の上での戦い

 海賊船に襲われた『自由の貴婦人』号はその左舷中央に相手の船首をぶつけられた。その直後、鉤付きの縄で船同士を固定されてしまう。


 ついに海賊船に接触を許してしまったわけだが、戦いの本番はこれからだった。相手の船首から次々と海賊たちが降り立ってくる。


「お前ら! ナメたマネをしに来た野郎どもをぶち殺せぇ!」


 斧を片手に持った船長のアニバルが叫ぶと、船員たちが一斉に海賊へと襲いかかった。当然海賊側も負けておらず、蛮声を上げて迎え撃ってくる。


 矢を射かけられる心配がなくなったユウ、トリスタン、エリセオの3人も海賊に向かった。悠長にしていると乗り込んでくる海賊の数が増えて制圧されてしまう。


 槌矛メイスを左手に持ったユウは槍を持った海賊に突っ込んだ。ユウに気付いた相手は穂先を向けて突いてくるが、それを槌矛メイスで受け流して懐に入る。そうして右肘を相手の体に叩き込もうとした。ところが、揺れる船に足を取られて均衡を失い、単に相手とぶつかるだけになってしまう。


「うわっ!?」


結果的に相手は体当たりを喰らっただけの形になってしまった。しかし、槍を持った相手は踏ん張るのが精一杯で体を硬直させる。


 先に体制を整えたのはユウだった。一歩後退して足を踏みしめ、揺れる甲板を意識しながら左手の槌矛メイスを相手の頭に叩き込む。ほとんど悲鳴も上げさせないで相手を1人倒した。


 とりあえず海賊を1人倒したユウは素早く周りを見る。右側ではトリスタンが戦斧バトルアックスを使って海賊と戦っている。教えたことを丁寧に活かしているようで優勢に戦えていた。反対の左側ではエリセオが槍を振るっている。こちらもさすがに経験者だけあって安定した戦いぶりだ。


 このまま戦えば良いことを知ったユウは目の前に現れた2人目の海賊の相手をする。今度は手斧を持った小柄な相手だ。見た目の通り素早さが身上のようで、お互い決定打を与えられずに戦いが長引く。しかし、途中から違和感に気付いた。こちらを倒す気がないように思えたのだ。嫌な予感が強くなった瞬間、ユウは振りかえる。すると、鉄槌ハンマーを振り上げている海賊の姿を目にした。目一杯横に飛んで鉄槌ハンマーを躱す。どうにか致命的な一撃を避けることができた。


 しかし、ここは船上という狭い場所である。密集して戦っているので横に飛べば隣に立っている男にぶつかるのは当然だ。


「いてぇ!?」


 ぶつかられた男は悲鳴を上げながら倒れた。不意を突かれた形になったようだ。


 すぐに立ち上がったユウはその男が海賊なのに気付いた。対戦していた船員は目を見開いて固まっている。


「邪魔してごめんなさい!」


「お、おう!」


 元の場所に戻ろうとするユウと入れ替わるときに驚いていた船員も立ち直った。すぐに倒れて起き上がろうとする海賊に向かってゆく。


 それを最後まで確認することなくユウは先程まで相手にしていた海賊たちと対峙しようとした。ところが、既にその2人は別の船員と戦っており、ユウの前には剣を持った海賊が現れる。


 迷っている暇はなかった。槌矛メイスを右手に持ち替えるとユウは相手へと大きく踏み込む。そんなユウに対して相手は剣を突いてくるが、ユウは慌てることなく槌矛メイスで思い切りはじいた。顔を引きつらせて後退した相手に同じだけ踏み込む。焦りの色を浮かべた相手が剣を振り下ろすと再びそれを槌矛メイスではじいた。これを何度か繰り返していると、やがて相手の剣が折れる。愕然とした表情を浮かべて固まった海賊の頭にユウは最後の一撃を振り下ろし、剣を持った海賊との戦いを終わらせた。


 小さく息を吐き出したユウは再び周りに目を向けようとする。しかし、同時に背後に何かの気配を感じた。すぐに横に避けて振り向こうとしたが何かがぶつかってくる。床に片膝を付いてぶつかったものに目を向けると、血を流して動かない海賊だった。


 死んで刃向かってこないのなら問題なしと判断したユウはそれを押しのけようとする。ところが、目の前に手斧を持った小柄な海賊が再び姿を見せた。にやりと笑ったそいつは手斧を振りかぶって頭部へと叩き込もうとする。


「くっ!」


 とっさに両手で持った槌矛メイスでユウは手斧の攻撃を防いだ。何とか死体を蹴飛ばして立ち上がると小柄な海賊を押し返す。そして、足を蹴飛ばして甲板に転がした。すぐに槌矛メイスで相手の右手を砕き、武器を手放させてから頭にとどめの一撃を入れる。これで3人目だ。


 ここで一息ついたユウはディエゴに会った。弓を持っていたときからは想像できない武器、戦槌ウォーハンマーを両手に持っている。しかし、こちらの方が似合っているような気がした。


 そのディエゴがゆうに声をかけてくる。


「ユウ、生きていたか!」


「はい! 今の戦況はどうなっているんですか?」


「どうにか押し返したところらしい。まだ油断できんがな!」


「早く帰ってくれないかなぁ」


「無理だろう。オレたちが叩き出してやらない限りはな!」


 そう言ったディエゴはやって来た海賊相手に戦い始めた。


 ユウものんきにしている場合ではない。次の戦斧バトルアックスを持った海賊に襲いかかられた。雄叫びと共に思い切り振り下ろされたそれを避けるため、相手の相手の海賊に体当たりする。そのまま共々倒れ込んだ。すぐに起き上がろうとする。


「うっ?」


 背中に力を入れたときに痛みを感じたユウはうめき声を上げた。顔もしかめるが動きを止めるのはまずいので強引に立ち上がる。相手の海賊も立ち上がろうとしているが、手にしていた武器は見当たらなかった。今のうちとばかりに槌矛メイスでその頭を砕く。これで4人目だ。


 背中の痛みが気になりつつもユウは先に辺りを見回す。すると、少し離れた場所にカミロがいた。鉄槌ハンマーを持った海賊と斧で戦っている。ただ、戦い慣れていないらしく、かなり劣勢だ。


 危険だと判断したユウはカミロの元へと向かった。途中、ちょっかいをかけてくる他の海賊を躱しなが急ぐ。


「カミロ!」


 たどり着く前にユウは声を上げた。ユウに気付いたカミロが強ばった顔を向ける。同時に優勢に戦っていた海賊も振り向いた。とりあえずこれで時間は稼げる。


 急速にカミロを圧倒する海賊の相手に迫ったユウは槌矛メイスを振り上げた。もちろん相手の海賊も攻撃を防がんと振り向いて対応しようとする。しかし、振り向くまでの反応は悪くなかったがそれまでだった。鉄槌ハンマーという重い武器を扱うため、どうしても動きが鈍るためだ。


 それを理解した上でユウは槌矛メイスを振り下ろした。海賊の鉄槌ハンマーを持つ右手を思いきり叩いて砕く。そして、動きを止めた相手の頭を叩き割った。


 倒した相手に目を向けることなく、ユウはカミロへと近づく。


「カミロ、怪我はないですか?」


「ああ、平気だ。助かったよ。戦いは苦手なんだよ、オレ。こういうときはそうも言ってられないが」


「誰かと一緒に戦ったら良かったんじゃないですか?」


「相手の数の方が多かったから無理だったよ。それでも今ならできそうだが」


 ため息をついたカミロが周囲に目を向けたのに釣られて、ユウも振り向いた。確かにディエゴと話をしたときよりははっきりと海賊たちを押し返しているのが見える。


「僕ももう少し戦ってきます。早く終わらせたいですからね」


「そうだな。甲板の掃除も早くしないといけないしな」


「うへぇ」


 誰が中心になって甲板の掃除をするのかを思い出したユウは嫌そうな顔をした。その様子を見たカミロがにやりと笑う。


 先のことを考えて気が重くなったユウだが、気持ちを切り替えて動いた。海賊たちが追いつめられつつある場所に近づく。そのときになって戦い始めたときに見たっきりだったトリスタンとエリセオの姿を見つけた。どちらも元気に戦っている。


 何となく嬉しくなったユウはそのまま戦いの渦中へと飛び込んだ。短めの槍を持つ海賊と最初に戦って、次に斧で襲いかかって来た海賊を倒す。


 その辺りになると海賊船側から太鼓の音が鳴った。それに合わせて乗船攻撃してきた海賊が海賊船に戻り始める。『自由の貴婦人』号へと突き出た船首付近に集まっていた者たちは我先に背を向けた。同時に、海賊船側の船員が鉤付きの縄の根元を切断し始める。


 戦っていたユウも追撃戦に参加した。背を向けた海賊の背中を槌矛メイスで叩いてつんのめらせ、後頭部を殴る。そんな戦いもすぐに終わった。


 海賊船が『自由の貴婦人』号からゆっくりと離れていく。その際にこちら側の船から嫌な音がした。しかし、それもわずかで済む。


 嫌がらせなのか、海賊船から火矢が飛んできた。こちら側も応戦して矢を射かけ返す。


 危ないのでユウは大檣メインマストの陰に隠れた。そうしてようやく一息つく。すると、背中が痛み始めた。戦いの最中に負傷したらしいことを思い出す。


 トリスタンとエリセオが近づいてくるのを見ながらユウは少し顔をしかめた。

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