海賊多発地域

 エンドイントの町を出発して数日が経過した。『自由の貴婦人』号は進路を北東に維持したまま北ブレラ海を航行している。今のところ毎日天気は良好で風も適度に吹いているので良い状態で航海できていた。


 そんなある日、ユウは船員の様子が少し変わったことに気付く。若干張り詰めた雰囲気になったのだ。気になったので、3人での道具磨きの作業が終わった報告をしたついでにカミロに質問する。


「カミロ、他の船員が前よりも緊張しているように見えたんですけど、何か理由があるんですか?」


「お前たちは知らないんだったな。もうすぐ北鉤爪半島が見えてくるんだが、あの辺りはこの船のような商船が海賊に襲われやすい場所なんだ。何しろ、あの半島は海賊の根城になってるからな」


「そこを避けて通れないんですか?」


「簡単にはいかないんだ。北鉤爪半島の根元にはレニッシュの町があるからどのみちこの辺りを通らないといけないし、もっと東寄りの航路を通ったとしても半島を根城にしてる海賊の行動範囲内だしな。後は更に東のブレラ諸島経由でティッパの町へ行くってのもあるにはあるが、それだと利益が大幅に減っちまう」


「被害が大きいなら、どこかの国が討伐してくれたら良いんですけどね」


「まったくだ。しかし、現実にはそういう動きはないな。この辺りの海賊行為は儲かるそうだから、今いる海賊を全部潰しても別の海賊がすぐにやってくるだけだろう。それに、そもそも国は海賊討伐をしても儲かるわけじゃないからやりたがらないんだよ」


「でも、国だって損をしているように思えるんですけど」


「その辺はわからんな。損をしてるのは商人や商売人だって考えてるかもしれん」


 国家にとって軍事面でも経済面でも海賊討伐に魅力がないと教えられたユウは反論できなかった。そもそも海のことはよく知らないので突っ込んだ話ができるほどの知識がない。


 黙ったユウとその後ろにいるトリスタンとエリセオにカミロが忠告する。


「ともかく、この船だって安全ってわけじゃない。いつ襲われるかわからんから気を付けておけ。お前らの武器は倉庫にあるから、いつでも取り出せるようにしておくんだぞ」


「カミロ、特にやることがないんだったら、武器や道具の点検をしておきたいんだが」


「それもいいかもしれんな。特に急ぎの用はないから、今のうちにやっておけ」


 カミロの許可を得たトリスタンが大きくうなずいた。相棒の意見には賛成なのでユウも同意を示す。


 やることが決まったユウたち3人は倉庫に入った。自分たちの荷物を引き出して改めて戦いに使える物を確認する。とは言っても、前に武器の手入れをしたばかりなので簡単に点検するだけだ。それもすぐに終わる。


 自分の荷物を壁に固定したトリスタンが床に座った。難しい顔をしながらつぶやく。


「海賊かぁ。襲われるときは大抵こっちが不利な状況なんだったよな」


「トリスタン、どうしたの?」


「海の上での戦いってまだしたことがないから不安なんだ」


「大丈夫っすよ。海でも陸でも戦ったことはあるっすけど、床が揺れてることくらいしか違わないっすよ」


「でも、船の方が狭いだろう?」


「そんなの町の路地で戦ってるのと変わんないっすって」


「町の路地? 何でそんなところで戦っていたんだよ?」


「ないしょっす」


 訝しげな目を向けるトリスタンの質問をエリセオは受け流した。


 しばらく雑談をしていた3人だがやることもなくなると倉庫から出る。すると、往来する船員が明らかに先程よりも緊張しているのがわかった。


 事情が飲み込めないユウたち3人はとりあえず甲板に出る。目の前では、船長のアニバル以下、各船員が声を上げながら走り回っていた。何か緊急事態が発生したらしいことがわかる。


 戸惑っていた3人の前に弓を持ったディエゴが現れた。代表してユウが声をかける。


「ディエゴ、これって何の騒ぎ?」


「まだ知らないのか。北西から不審船1隻がまっすぐこっちにやって来てるんだ。海賊船の可能性もあるから、みんな戦闘準備をしてるんだよ」


「海賊船の可能性? まだわからないんですか?」


「特に目印なんかがない限り、この辺りの海賊船と商船に大きな違いはないんだ。向こうもそれを利用して、ぎりぎりまで商船だと相手側を思い込ませてから奇襲することがあるからな。怪しいときは相手が何であろうとも警戒するのが決まりだ」


 真剣な表情のディエゴがユウたち3人に説明した。この他にも、商船ならば普通は別の商船に寄る理由はないので近づいて来ず、その上、近づき方が『自由の貴婦人』号の横っ腹に船首をぶつけるかのような進路なのだ。これが成功すると、こちらの船へと海賊に乗り込まれてしまう。それは何としても避けないといけない。


 続いてディエゴが3人に命じる。


「まだ武器を持ってないなら早く取りに行け。海賊の方の操船がうまいらしく、徐々に近づかれているんだ。逃げ切れないかもしれん」


「わかりました。2人とも、倉庫に引き返そう」


 話を聞いていたトリスタンとエリセオに振り向いて告げると、ユウは真っ先に倉庫へと向かった。




 点検したばかりの武器を急いで取りに行ったユウたち3人は倉庫で装備を整えると、すぐに甲板へと戻った。しかし、ここからどうするべきかユウとトリスタンは知らない。


 左舷にいる船員の中にディエゴの姿を認めたユウは小走りで寄って声をかける。


「ディエゴ、僕たち武器を持ってきましたけど、この後どうすればいいんですか?」


「船長の指示に従え。もし乗り込まれて乱戦になって船長の声が聞こえなくなったら、年長の船員に聞くんだぞ」


「わかりました」


「ユウ、トリスタン、右舷の方に回ろうっす。最初は矢が飛んでくるっすから、物陰に隠れないと危ないっすよ」


 ディエゴの指示を聞いたユウは返事をするとすぐにエリセオの後に続いた。さすがに1度海賊と戦っているだけに要領がわかっている。大檣メインマストの背後に張り付くように接した3人は腰をかがめて状況の推移を見守った。


 かがんでいるためそれほど遠くまで見通せないユウたちであったが、周囲にいる船長や船員の怒鳴り声から今どんな状況かをある程度推測できた。それによると、不審船は尚も『自由の貴婦人』号の左舷に向かって突き進んでいる。こちらの船が針路を何度か変えてもそれに合わせてくると見張りの船員が叫んでいた。


 その後、船長であるアニバルは相手船を海賊船と断定し、相手がこちらに乗り込んでくる移乗攻撃に備えるよう船員に命じる。


 大檣メインマストの脇から操舵輪を操る操舵手が必死に船を操っているのをユウたち3人は見ていたが、それでも海賊船は振り切れないらしい。周囲の船員の緊張感が増していく。


 ついにユウたちの位置からでも相手船の姿が見えるようになった。左斜め後ろからこちらの船に近づいてくるその船は一見すると『自由の貴婦人』号と変わりないように見える。しかし、向こうの甲板の様子が見えるようになると、武装した者たちが多数こちらの様子を窺っていることから海賊船だと確信できるようになった。


 この頃になるとお互いの船から矢の応酬が始まる。風の強さと向き、波による船の揺れからどちらの矢も早々に当たらない。ただ、たまに甲板を始めとした船体の各部に矢が突き刺さる。


「このままぶつかったら、こっちの船は壊れちゃうんじゃないかな?」


「大丈夫っすよ。海賊はこの船の荷物がほしいんっすから沈めるなんてことはしないっすよ。それじゃ襲う意味がないっすから。あの船首部分の囲いに人が何人かいるっすよね? 船首をこっちにぶつけたら、鉤付きの縄や網を使ってこっちの船と離れないようにして、船首のところから雪崩れ込んでくるっすよ」


 大檣メインマストの陰からちらちらと海賊船の様子を窺いながらユウはエリセオの話に耳を傾けた。船が沈められることはないというのは朗報だ。しかし、その代わり乗っ取りに来るのだから安心はできない。


 海賊船の甲板に立っていた誰かに矢が突き刺さったのをユウは見た。倒れるその姿を見たこちら側の船員から歓声が上がる。一方、向こうから飛んで来た矢が大檣メインマストのすぐ近くに刺さった。ユウは思わず首をすくめる。


 『自由の貴婦人』号と海賊船の距離はもうほとんどなかった。左後方から海賊船の船首が左舷に刺さろうとしている。ディエゴたちはぶつかるときの衝撃に備えるために矢を射かけるのを止めた。


 次の瞬間、『自由の貴婦人』号は波とは別の衝撃で揺れた。左舷の一部が海賊船の船首によって破壊される。すかさず海賊船側から鉤付きの縄が多数飛来してきた。そうしてがっちりと両船が固定される。ついにこのときが来たのだ。


 海賊船の船首から次々と海賊がこちら側の甲板に降り立つのをユウは目の当たりにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る